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年次大会
大会報告:第39回大会 (報告要旨・報告概要:テーマ部会 II)

 テーマ部会 II 「あらためて自己組織性を問う」
 6/15 14:00〜17:30 [5102号室]

司会者:今田 高俊
討論者:西阪 仰・永田 えり子・宮台 真司

部会趣旨 江原 由美子
第1報告: <情報−資源論的自己組織パラダイム>の諸概念と諸命題
――その統合的ないし総合的性格――
吉田 民人 (東京大学)
第2報告: 社会のオートポイエシス
――意味とコミュニケーション――
田中 耕一 (宮城学院女子大学)

報告概要 今田 高俊 (東京工業大学)
部会趣旨

江原 由美子

 今年度の理論部会は「自己組織性」をとりあげる。「自己組織性」という言葉は、現在様々な意味で使用されており、それぞれの論者によってその概念にこめられた理論的関心が異なっていると思われる。本部会では、東京大学の吉田民人氏から「資源−情報処理パラダイム」における「自己組織性」 概念の意味とその問題背景をめぐる報告が、宮城学院女子大学の田中耕一氏からエスノメソドロジーやルーマンの社会学理論において「自己組織性」(社会のオートポイエシス)がどのような問題として現れるのかをめぐる報告がなされ、この両者の報告を踏まえて討論者をまじえた論議がなされる予定である。「自己組織性とは何か」をめぐる議論は、単に用語法の問題なのではない。それは、社会をどのようなものとして認識し現在いかなる理論的問題の解決が社会理論に要請されていると考えるか等の問題に関わってくるはずである。活発な討論を期待する。

第1報告

<情報−資源論的自己組織パラダイム>の諸概念と諸命題
――その統合的ないし総合的性格――

吉田 民人 (東京大学)

 報告者が1960年代中葉から構想しつづけてきたパラダイムは、まず、生命以降の存在をそれぞれの進化段階にある「情報空間」および「資源空間」という相互に規定しあう2つのタイプの構成領域からなるシステムと捉え、ついで、その構成領域の相互規定をシステムのそれぞれの進化段階の「自己組織性」と把握する。このパラダイムの各種の認識利得のうち、今回の報告では、とくにその統合性ないし総合性に焦点をあてることにしたい。

 第1は、新たな自然学的存在論の主張であり、生命以前の自然の根源的な構成要因を「物質=エネルギー」とその「パタン」とに分節化し、かつ生命以降の自然の根源的な構成要因を「資源」とそのパタンを制御する「情報」とに分節化する。N.ウィーナーと進化思想による唯物論と観念論の統合、 総合の試みであり、当然のことながら、マルクス学派と意味学派のそれぞれの偏りを照らし出すことになる。

 第2に、各様の意味での「生命現象と進化現象」をシステムの各様の進化段階の「自己組織性」と概念化し、その進化段階の大枠として「DNA情報−外生〔自然〕選択」型と「言語情報−内生〔主体〕選択」型の2つを分節化する。統合的、総合的な生命観(有機体思想)・進化思想の20世紀時点での定式化をめざした試みであり、意味学派のいう「現実構成」は「言語情報−内生選択」型の自己組織性と位置づけられることになる。

 第3は、「言語情報−内生・外生選択」型の自己組織性という社会学固有のテーマであり、(1)当事者視点と観察者視点、(2)構造と過程、(3)定常と変動、(4)構造主義と機能主義、(5)最適化と許容化、(6)合意モデルと紛争モデル、(7)無自覚的・自覚的・メタ自覚的な3層の、そして認知的・評価的・指令的な3次元の現実構成、(8)遵守と利用などのルールへの動機づけの分化、そして(9)ルールの解釈や逸脱、等々に関わる統合、総合の試みである。

第2報告

社会のオートポイエシス
――意味とコミュニケーション――

田中 耕一 (宮城学院女子大学)

 この報告では、「自己組織性」の考えについて、いわば「非正統的」な視角からアプローチしてみたい。念頭にあるのは、エスノメソドロジーが明らかにした以下のような事態である。つまり社会的現実が、社会学者による解釈(観察・記述・説明)に先だって、つねにすでに当の社会的現実に含まれている当事者たちによって、いわば現実の内側から有意味なものとして解釈(観察・記述・説明)されており、しかもそのような解釈はコミュニケーションされ、現実の一部となることによって、まさに解釈される当の現実をもつくりだしているということである(もちろん社会学的解釈も社会の一部であるかぎり、最終的にはこのような自己言及的循環にまきこまれている)。

 ここで重要なことは、まず第一に、観察・記述・説明という営みと、観察・記述・説明される対象との論理的独立性が厳密には維持できないということ(このことは社会的世界が徹底的に意味的世界であるということだ)、第二にここでの観察・記述・説明の営みとは、主観の意識内部での営みを指すのではなく、あくまでそのコミュニケーションでなければならないということだ(社会的現実はあくまで意識の水準ではなく、コミュニケーションの水準にある)。

 このように考えるかぎり、社会的現実の意味を根拠づけようとする試みは、意味を主体の意図に還元するものであれ、規範・規則に還元するものであれ、不可避的に挫折する。規範・規則はそれ自身が観察・記述されてしまうからであり、主観的営み(意図)ではなくコミュニケーションこそが問題だからである。もちろんすでにこのコミュニケーションは、意図のコード(規範)にしたがった伝達ではありえない。むしろ意図やコードを事後的に産出してゆく過程としてとらえ直さなければならない。そのような過程は「二重の否定」という手続きとして解明できる。

報告概要

今田 高俊 (東京工業大学)

本年度のテーマ部会(理論)では、「あらためて自己組織性を問う」というテーマで、宮城学院女子大学の田中耕一氏「社会のオートポイエシス―意味とコミュニケーション―」と東京大学の吉田民人氏「<情報―資源論的自己組織パラダイム>の諸概念と諸命題―その統合的ないし総合的性格―」の報告とこれをめぐる討論をおこなった。

田中氏は、エスノメソドロジーは自己言及的な現実構成を社会学的探求の中に見いだしたのだと問題提起し、観察と記述がいかにして現実を(自己言及的に)つくりだすのかを、オースティンの発話行為論とコミュニケーションのオートポイエシス的性格を手がかりとして解明を試みた。そして、社会学的現実は、当の社会的現実の中に含まれている人々による(自己)観察・記述、およびそのコミュニケーションによって内側から「自己組織的」に生成されているとの命題を導いている。つまり、「観察・記述と、そのコミュニケーションが、観察記述される対象(状況・現実)をつくりだしている」という意味で自己言及的な現実構成になっているとする。エスノメソドロジーと自己組織性のあいだのパラレリズムが明らかにされた。

これにたいし、吉田氏の報告は、サイバネティクスの情報観から、資源論を取り込んだ自己組織性のパラダイムを強調した。氏の提唱する自己組織性論とは、「言語情報・内部選択」型のそれである。これは人間社会に特徴的な「情報に媒介される自己組織性」のことをいい、プリゴジンの「散逸構造論」ハーケンの「シナジェティクス」など、ヴァレラらの「オートポイエシス」など、自然科学での「情報を媒介としない自己組織性」から区別される。とくに、氏の強調するのは、(あるレベルの)構造を所与とした自己組織化(相対一次の自己組織性)とその構造の変容をもたらす自己組織化(相対二次の自己組織性)の違いである。

現在、問題にされている自己組織性は、サイバネティクスの制御論を前提とした古典的なそれではなく、「自己言及性」と「ゆらぎ」に焦点をあてた自己組織性である。討論では、自己組織性のリアリティが「自己言及性」や「ゆらぎ」にある点について問題提起された。田中氏はそれをミクロな行為レベルで現実構成の問題において考えるのがエスノメソドロジーだといい、古田氏はそれらとくに「自己言及性」は一般的な用語としては使用するが、固有の理論語としては使用しないと述べた。「自己組織性のリアリティとは何か」をめぐる問題を、今後も問い続けていかねばならないとの印象が残った部会であった。

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