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年次大会
大会報告:第40回大会 (報告要旨・報告概要:テーマ部会 III)

 テーマ部会III:不平等部会
 「不平等研究への文化的アプローチ」−ブルデューはSSMを救えるか−
 6/7 14:00〜17:30 [新3号館西338教室]

司会者:原 純輔 (東京都立大学)
コメンテーター:佐藤 富雄 (跡見学園女子大学)  宮野 勝 (中央大学)

部会趣旨 原 純輔 (東京都立大学)
第1報告: 不平等の客観的/主観的次元 加藤 隆雄 (武蔵野女子大学)
第2報告: 社会階層と文化的再生産 片岡 栄美 (関東学院大学)

報告概要 原 純輔 (東京都立大学)
部会趣旨

原 純輔 (東京都立大学)

 1955年以来、10年毎の全国調査を繰り返しながら続けられてきたSSM研究と、P.ブルデューの「文化資本」「文化的再生産」をキー概念とする階級・階層研究の2つが、この部会の議論の柱である。最近、前者は停滞気味であり、後者が元気一杯だというのが通説になっているようである。私自身は、こうした通説に全面的に賛成しているわけではないけれども、今回はこの図式に乗ってみることにしたい。(1)ブルデューらの議論が注目を集めるのは何故か、日本社会の階層状況とどう対応しているのか、(2)最新のSSM研究の成果である『現代日本の階層構造』は、ブルデュー的な視点からどのように評価されるか、(3)ブルデューをはじめとして、これまでのSSM研究が欠いていた視点を、今後どう取り込むことが可能か、などの点が焦点かと考えている。フロアーの方々を含めた、活発な討論を期待している。

第1報告

不平等の客観的/主観的次元

加藤 隆雄 (武蔵野女子大学)

 これまでの不平等の社会学的研究は、研究者の視点から問題を構築し、研究者の設定した不平等の基準によってそれを測ってきた。ところが、社会と社会学的認識のポストモダン情況においては、問題はそれほど直さいなものではなくなった。価値の多元化と生活水準一般の向上により、あるいは社会学者の視点の反省的なとらえ直しとともに、何をもって不平等とするかを確定することに、恣意性のにおいがつきまとうようになった。こうした準拠点の喪失と視点の複数化は、ポストモダン社会の特徴なのである。

 こうした中、ウィリスのような不平等研究が注目されたのは、主観的あるいはミクロ的次元(文化)を、客観的な不平等の次元にとって必要不可欠なものとして組込んだからである。客観的に(すなわち研究者の目で)見ると剥奪された世界が、主観的には理想的で心地よい世界であるような状態を可能にするものとして、彼は文化というものに注目したのである。また、ブルデューは、文化領域にも貫徹する資本の運動によって不平等をとらえようとするが、彼も、ハビトゥスという概念によって、主観的・身体的なものがいかに客観的な有利/不利を刻み込んだ歪んだ空間であるかを示そうとした。

 しかし、いったん文化の側から、特に現代の多元化した文化とそれに入り込んだ主観の側から不平等の問題を見るならば、客観的な不平等の指標は、逆に歪んだものに見えるだろう。これは文化的相対主義を導くものではない。主観的な次元が客観的な不平等の必要条件であるという論理(これは正しいものに思われる)を徹底していくと、主観的な必然性と客観的な必然性とのアンビバレンツが生じるということなのである。つまり、二つの視点のいずれかを選択するための根拠がなくなり、視点にゆらぎが生じるのである。これこそ、社会学的認識のポストモダン情況であって、不平等研究にとってのアポリアである。

第2報告

社会階層と文化的再生産

片岡 栄美 (関東学院大学)

 日本における社会階層研究で従来、軽視されてきた領域に、文化と階層との関連のメカニズムがある。本報告では、文化的活動に焦点を当て、文化的次元での階層構造化について明らかにする。すなわち、文化は象徴的な支配のメカニズムとして独自の次元として存在し、人々の日常生活を構成する。そして社会階層の重要な構成要素となっている。

 ここでは、1990年に神戸で実施した調査(確率標本)データを用いて、以下の諸点について明らかにする。(1)ブルデューの述べるように、文化のヒエラルキーと社会のヒエラルキーは対応し、人々の文化的活動は正統文化と大衆文化へと分化した構造をもつ。(2)女性が行なう「正統的」文化的活動は、「地位生産的」な活動である。(3)世代間での文化資本の相続が、人々の「正統」文化的活動を規定する重要な要因であり、文化的相続が社会階層構造の再生産に重要な役割を果たしている。そして、文化資本の再生産メカニズムと世代間の階層再生産メカニズムとを関連させたモデルの有効性をLISRELの構造方程式モデルを用いて明らかにする。

 また、出身階層と正統文化的活動とをむすぶメカニズムは、複数のサブメカニズムとして捉えることができる。すなわち、幼少時に家庭で相続した文化資本は、階級のハビトゥスとして、学歴および成人後の「正統」文化的活動を左右する重要な要因となる。この相続文化資本が成人後の文化資本を規定するという文化的再生産メカニズムが存在する。さらに、相続文化資本は出身階層の効果を媒介するだけではなく、独自の効果をもって「正統」文化的活動を規定する。この文化的再生産プロセスにおいて、学歴は正統的文化(上層階層文化)に対して独自の効果をもたないことを明らかにする。

報告概要

原 純輔 (東京都立大学)

不平等部会では、「不平等研究への文化的アプローチ――ブルデューはSSMを救えるか」というテーマの下で、加藤隆雄氏(武蔵野女子大学)「不平等の客観的/主観的次元」、片桐栄美氏(関東学院大学)「社会階層と文化的再生産」という二つの報告をお願いした。報告者が2名にとどまったので、かなりたっぷりと時間をかけて報告していただいた後、討論を行なったが、必ずしも活発であったとはいい難かったのは残念であった。打ち合わせの不足、司会者の非力等の理由はあるのだが、同時に、時間をかけたことによって、報告内容が多くなりすぎて、印象がやや散漫になったことも否めない。学会報告のあり方について反省させられた。

両氏の報告は、期せずして、それぞれが参加された調査データにもとづくものとなった。加藤氏の調査は、全国23大学の学生と対象としたものであり、片岡氏の調査は、神戸市の有権者を対象としたもので、今回は主に既婚女性の分析結果が紹介された。このように、分析の対象も、また分析の方法も異なっている。それにもかかわらず、所属階層によって趣味や文化的活動の種類(海外旅行の回数というような量的差異でない点に注意)に違いがある、という共通の知見が指摘できる。これを片岡氏は、正統的活動、伝統的活動、大衆的活動と分類している。

これは興味深い知見ではあるけれども、問題は、それをどう意味づけるかということであろう。両氏とも、これを文化資本や文化的再生産の議論と結びつけようと努力していた。しかし説得力はいまひとつというのが率直な感想である。加藤氏も報告の中で指摘していたように、ブルデューの議論がそのまま現代日本社会にあてはまらないことは明白である。分析の前提として、あるいは分析の結果、ブルデューの議論に対してどのような姿勢をとるのかがきちんと示されないことには、従来のSSM研究を救うなどということは、夢のまた夢であろうと感じた。

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