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年次大会
大会報告:第44回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第5部会)

 第5部会  6/9 10:00〜12:30 [N棟N206教室]

司会:栗田 宣義 (武蔵大学)
1. セクシャリティとアイデンティティ
――アイデンティティ・ポリティクスの現在――
酒井 隆史 (早稲田大学)
2. 海外在住音楽留学生の意識・生活調査 上村 敏文 (ルーテル学院大学)
3. 英国におけるエスニック・デュアリズムの移民政策的基礎 樽本 英樹 (北海道大学)

報告概要 栗田 宣義 (武蔵大学)
第1報告

セクシャリティとアイデンティティ
――アイデンティティ・ポリティクスの現在――

酒井 隆史 (早稲田大学)

 現代において「アイデンティティ」があらためて問い返されている。それは、従来アイデンティティに照準を合わせてきた諸々のポリティクス(とりわけエスニシティ、ジェンダー、セクシャリティをめぐる)の形態やその言説内容に変容が生じている事態と並行しているように思われる。要約的に整理すれば、かつてのアイデンティティの政治が、形はどうあれ「本質」を参照にしつつ行使されたのに対し、現在ではむしろアイデンティティと「本質」とを切り離しながら新しいアイデンティティの政治の形が模索されつつあるといえるだろう。つまり、そこでのポイントは、「本質」を仮定することなしに「アイデンティティ」を梃子にしたシステムへの抵抗を構築することは可能か(アイデンティティと「本質」とを切り離すことは可能か)? すなわち「ポストモダン」なアイデンティティ・ポリティクスは可能か? ということになるだろう。

 この点について、今報告では、とりわけセクシャリティ(とそれをめぐる言説・運動)の場面におけるアイデンティティの問題に照準を合わせ、現代のアイデンティティについての議論がいかなる水準で展開しているのか、そしてそれをいかに我々の日常と切り結んでいけるのか、考えてみたい。

第2報告

海外在住音楽留学生の意識・生活調査

上村 敏文 (ルーテル学院大学)

 クラシック音楽におけるキャリア形成については、前々回の発表で触れたのであるが、この研究についてはまだまだ未開拓な部分が多い。特に、プロの演奏家として、続けていくためにはさまざまな困難がある。そのため20代の後半で、「離脱」現象が見られた。これは、男性女性の如何を問わない。平均で3〜4歳から勉強を始め、学校教育とはまた別に個人レッスンを受け、音楽系の大学を卒業し、その後大学院へ、あるいは海外留学という道を進んだ後でさえもこの状況は変わらない。司法試験のように、資格試験という一つの壁を通り越しさえすれば、次の道が開けているというケースとは全く異なる社会構造を持っているようだ。あるいは、野球選手のようにスカウトされ、プロ野球チームに所属し高額の契約料、年俸が予定されていたり、あるいは社会人野球のように会社組織に属して、固定給を確保しつつ活動をするといったケースとも違うようである。

 今回の発表においては、ウイーン(オーストリア)とミラノ(イタリア)に留学をした後、30代で活動を続けている二人を中心に、音楽家として生活をしていくことについての意識調査を、比較検証して行きながら、日本における音楽社会における諸問題について考察を進めてみたい。

第3報告

英国におけるエスニック・デュアリズムの移民政策的基礎

樽本 英樹 (北海道大学)

 国際人口移動が活発になるに伴い、エスニック・マイノリティの社会階層的地位が注目されてきている。エスニック・マイノリティに関する限り、あるエスニック集団が下層を占めている社会状態を、エスニック・デュアリズムと呼ぶことができる。近代化論的・経済均衡的見解からは、エスニック・デュアリズムは市場的要因によって形成・維持・変容されるということになろう。しかし実際には、政府・議会を含んだ政治的要因が大きく関係しているのである。

 本発表では、英国をとりあげ、市民権に注目することでエスニック・デュアリズムに対する政治的要因の関与の仕方を明らかにすることにする。一般的にヨーロッパ諸国は、そもそも「自国民」ではない「外国人労働者」に対する権利付与が問題となっている。しかし、戦後英国の現在までの歴史的展開は、権利を付与される対象者を限定していくことで、そもそもの(潜在的)市民を「他国民」へつくり直すという「権利剥奪過程」であった。その際には、血縁等いくつかの「一般的原理」が使用された。しかしある時期には同時に、ある種の労働許可制度が労働力調達のために利用されていた。つまり国家介入は、市民社会から権利的に排除される「市民でない者」を創出し、同時に地理的・物理的には入国させることで「魅力的な労働力商品」を生産していたのである。

報告概要

栗田 宣義 (武蔵大学)

 本年度の自由報告第5部会は、理論研究が2篇、実態調査が1篇、計3篇の報告がなされた。

 第一報告である酒井隆史会員の研究は「セクシュアリティとアイデンティティ」と題されており、アイデンティティ・ポリティクスの理論的地平を俯瞰するものである。一般的には、アイデンティティ・ポリティクスにはあてがわれたアイデンティティへの異議申立ての局面と、積極的に肯定的アイデンティティを獲得しようとするもうひとつの局面がある。酒井会員は、「社会構成主義」の視点からジェンダー・アイデンティティを「性システム」、「ジェンダー・システム」、「セクシュアリティのシステム」に類別した上で、「クイア理論」を手がかりに、いかに本質主義と絶縁可能かを論じた。

 第二報告である上村敏文会員の研究は「海外在住音楽留学生の意識・生活調査」と題されており、ヨーロッパに留学した三名の日本人音楽家のケーススタディである。上村会員は、芸団協など関連団体の実施した実態調査による概況をふまえ、上村会員のオリジナル・データとして、音楽家自身の書簡などの分析を通じて、海外留学を介して音楽家としてのデビューや職業的成功/失敗との関連を生活史の視角から論じた。

 第三報告である樽本英樹会員の研究は「英国におけるエスニック・デュアリズムの移民政策的基礎」と題されており、カラード移民の市民権問題を手がかりにエスニック・デュアリズムの遷移と将来について論じたものである。樽本会員によれば、英国の市民権システムは、1948年英国国籍法、1971年移民法、1981年英国国籍法と追うにつれ帝国解体から国民国家への志向が濃厚になるという。また、公民的権利、政治的権利、社会的権利で構成される諸権利の構成体としての市民権は、empirehood, nationhood,“Europehood,”personhood の順で遷移してゆくのではないかとの理論的示唆も提示された。

 具体的な研究対象は、セクシュアリティ、音楽家、移民政策というように各々異なる三報告であったが、カルチュラル・ポリティクスという共通項を有していたため、フロアを巻き込んで活発な論議がなされた。報告内容の研究水準も高く、自由報告部会として一定の成功を収めたといえよう。

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