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年次大会
大会報告:第50回大会 (報告要旨・報告概要:テーマ部会B)

テーマ部会B 「都市底辺層の比較社会学」  6/2 14:30〜17:45 [社会学部B棟202教室]

司会者:池田 寛二 (日本大学)  園部 雅久 (上智大学)
討論者:西澤 晃彦 (神奈川大学)  酒井 隆史 (大阪女子大学)

部会趣旨 園部 雅久 (上智大学)
第1報告: フランスにおける都市底辺層の生き抜き戦略と公共空間の占拠 稲葉 奈々子 (茨城大学)
第2報告: アフリカのストリート・ボーイ=文化をつくりだす若者たち:
コート・ジヴォワール共和国アビジャンの事例
鈴木 裕之 (国士館大学)
第3報告: 東京における野宿者運動と市民社会 湯浅 誠 (のじれん)

報告概要 玉野 和志 (東京都立大学)
部会趣旨

部会担当: 園部 雅久 (上智大学)

文字どおり地球規模でのグローバリゼーションが進行するなか、先進諸国、発展途上諸国を問わず、持てる者と持たざる者の格差が拡大し深刻化している。これまで比較的社会的に平等であった日本でも、1980年代以降、グローバル化の進展とともに、都市底辺層の問題が顕著になってきた。本テーマ部会は、このグローバル化のなかでの都市底辺層の問題を、諸外国の経験と事例との比較において考えていくことを目的としている。

現在、日本でもいわゆる「ホームレス」と呼ばれる野宿者の問題や外国人労働者や居住者をめぐるエスニシティの問題が、社会学をはじめ多くの分野において注目され、数多くの研究成果が生み出されつつある。また、この種の問題においては、すでに長い歴史と経験をもつ欧米の実例にもとづき様々な議論がなされているところでもある。このような情勢のなかで、私たち社会学研究を志す者がやらなければならないことは、各地域や国家、都市の抱える固有の事情と歴史を踏まえた具体的な検討であり、それにもとづく的確な理解と提言であろう。

そこで、本テーマ部会では、できる限り具体的な実証研究を交流させることで、日本および諸外国の都市地域を中心に、そこでの周辺的な住民層やマイノリティの置かれている状況をその差異や共通性に目配りをしつつ考えていくことを目指したい。その手始めに今回は、フランスの事例を稲葉奈々子(茨城大学)、第3世界の事例を鈴木裕之(国士館大学)、そして日本の事例を湯浅誠(のじれん)の3氏に報告していただく予定である。また、討論者として酒井隆史(大阪女子大学)、西澤晃彦(神奈川大学)の両氏を予定している。

当日は、具体的、経験的な事例を通して、都市に生きる底辺層、周辺層の問題が活発に議論されることを期待している。この種の問題に関心をもつ若手研究者や現状のホームレスやエスニシティをめぐる議論に疑問をもつ多くの方々の意欲的な参加をお願いしたい。

第1報告

フランスにおける都市底辺層の生き抜き戦略と公共空間の占拠

稲葉 奈々子 (茨城大学)

 フランスでは80年代以降、不況下で長期失業状態にある「新しい貧困層」の出現がいわれた。高等教育を終了しても就職できずに貧困化する若者の問題に代表されるように、親の世代よりも子の世代が貧しくなるという現象は、産業社会の論理の終焉も意味していた。一方でパリのような大都市では、都市底辺労働に就労する移住労働者は失業者ではないが、低賃金とレイシズムによる入居差別のために劣悪な住宅環境におかれる貧困層を形成してきた。その多くは清掃、ガードマンなど都市サービス業に従事しており、産業社会型の移住労働者ではないことが分かる。

 このように産業社会の特徴が弱まりつつあることと、同時代の貧困層の形成には何らかの関係があるのだろうか。本報告では、パリの都市底辺層の生き抜き戦略を検討することにより、その関係を明らかにしたい。とくに90年代以降にパリを中心として都市底辺層の間に広がった空家占拠による「住宅への権利運動」を取り上げる。この運動は、動員の過程で産業社会の論理の破綻と貧困層の増大を結びつけ、現在ではパリとその周辺自治体だけでも会員が1万5千家族に及ぶ大規模な運動に発展している。

 運動の最初のアクターとなった都市底辺労働を担う移住労働者は、多くの場合、知人や親類宅での間借り、ホテルあるいは寮住まいといった住居形態でフランス滞在を始めるが、やがて出身国からの家族合流により独立した住居を求めて、老朽化ゆえに低家賃のアパートに居住するかあるいはスクオッターにより住居を確保している。それに対して失業者たちは家賃滞納による立ち退きにによって居住環境が悪化を経験している。

 本報告では、この両者が居住環境の改善のために「住宅への権利運動」に参加し、そこで運動を担う過程を検討することで、都市底辺層の生き抜き戦略からみえてくる脱産業社会フランスの貧困問題を考察する。

第2報告

アフリカのストリート・ボーイ=文化をつくりだす若者たち:
コート・ジヴォワール共和国アビジャンの事例

鈴木 裕之 (国士館大学)

 コート・ジヴォワール共和国のアビジャンは人口約200万を数える大都市。中心街に林立する高層ビル、渋滞を引き起こす自動車の群、アメリカナイズされた出で立ちで闊歩する若者たち・・・こうした風景はアビジャンのみならずアフリカの大都市部にはお馴染みのものだ。だがとりわけアビジャンに特徴的なもの、それは成熟したストリート文化の存在である。

 アフリカでは多くの子供たちが小学校レベルで中退するが、彼らの多くはみずからの食いぶちを稼ぐためにストリートで経済活動にいそしむ。靴磨き、新聞売り、スリ、強盗、麻薬売買など合法・非合法な活動を展開する彼らにとって、ストリートはみずからの生活空間にほかならず、そこで独自のコミュニケーション様式を発達させてゆく。言語活動(スラング)、身体活動(身ぶり、ダンス)を中心としたコミュニケーション様式こそ彼らのストリート文化であり、それは彼ら以外の他者には理解不能なさまざまなコードにより形成されている。

 主に経済的理由により社会から疎外され周縁化された若者たちが活発なコミュニケーション活動をおこない、ストリート文化を形成し、さらにそれがポピュラー音楽(レゲエ、ラップ)と結びついてアビジャン社会全体に広がってゆく様を報告し、経済的には底辺層と規定される者が、文化的には「創造者」として上位に位置する、という視点を示す。

第3報告

東京における野宿者運動と市民社会

湯浅 誠 (のじれん)

 東京において野宿者問題が「社会問題」化し、野宿者運動が開始されたのは、1990年代中頃であると言っていい。それは、日本の高度経済成長を下支えしてきた日雇い労働者の中高年齢化の時期と、バブル崩壊後の雇用システムの形態変化に起因する日雇い建設労働者の「寄せ場」からの流出の時期が不幸にも重複して発生した現象だった。

 しかし、不況による長期失業、雇用システムの形態変化は、当然のことながら社会各層にも影響を及ぼす。サービス業・製造業の不安定就労層もまた、少なからぬ数が路上にたたき出され、そしてその比率は年々高まりつつある。つまり、路上は多様な職業層によって構成されている。

 そのことは、野宿者運動体の性質にも影響を与えざるを得ない。山谷を中心とする東京東部地域が「労働運動としての野宿者運動」を相対的に焦点化してきたのに対し、池袋や渋谷などの西部地域はその発足当初から野宿者の「労働者」としての側面を比較的限定的に捉えてきた。「野宿労働者」という山谷系統の呼称に対し、渋谷「のじれん」が「野宿者」という呼称を採用していることは、その意味で象徴的である。こうした運動体の中で、労働の場以外に野宿者と社会との接点が形成される過程をここでは紹介したい。

 さらに2000年代になると、「フードバンク」、「もやい」など、市民社会との接点を意識的に模索する運動体も出現してくる。「フードバンク」は「食」を介した市民社会とのつながりを、「もやい」は「住」を介したつながりを模索するものである。この背景には、多様な職業層で構成される野宿者問題は、もはやより広範な生活困窮者層(いわゆる欧米流の「ホームレス」層)の一部であるという認識がある。

 新自由主義に基づく不安定就労層の爆発的増加という大きな社会的潮流に棹さすことを企図する野宿者運動の諸実践の紹介と分析が、本報告のテーマとなる。

報告概要

玉野 和志 (東京都立大学)

 テーマ部会「都市底辺層の比較社会学」では,いわゆる都市下層の問題について,広く諸外国の事例を学ぶことを通して,新たな論点を見出していくことを目的とした.この意味で報告は先進国の事例としてフランス,発展途上国の事例としてコートジボアール,そして日本の事例として東京を扱う3本の報告がなされた.

 稲葉報告では,最近のフランスにおける底辺層をめぐる運動の中で,労働市場からの離脱という運動戦略が重要な意味を持ち始めている点が強調された.鈴木報告では,ストリートボーイたちの日常とそこから生まれた音楽とダンスが,新しい文化として逆に支配的な領域に浸透していく文化創出の力をもつことが報告された.さらに,湯浅報告では東京における野宿者支援活動の経過をふまえて,日本の野宿者が社会関係からも排除されていること,彼らがやっとの思いで復帰しようとする労働現場の過酷さへの疑問などが提示された.

 これらの報告にたいしてコメンテイターの西澤氏からは,都市下層の分断という現実と,労働と市場イデオロギーという問題の重要性が指摘された.また酒井氏からは分断の側面だけではなく,グローバル化による新たな連帯の可能性も生まれており,そこでの文化の力に注目すべきだという論点が提起された.

 以上からわかるように,きわめて多様な問題状況と論点が開示され,当初の目的は十分に達せられたと考えている.また,当日の議論からはとりわけ資本主義浸透の歴史的経緯によって,いわゆる市場イデオロギーには様々な形態があり,そのような条件の違いによって都市底辺層の分断と連帯にもそれぞれの可能性がありうることが明らかになったように思う.次年度はこの成果をふまえて,さらに議論を深めていければと考えている.

 最後に,この部会の主旨に応えて,当日積極的に議論に加わってくれたフロアの多くの会員に感謝の意を伝えたい.

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