第9部会:ジェンダー・セクシュアリティ  6/19 10:00〜12:30 [5号館・2階 5221教室]

司会:赤川 学 (信州大学)
1. シンシア・エンローによる軍隊のフェミニスト分析
──統一的再解釈──
望戸 愛果 (一橋大学)
2. 日本近代期における規範としての「少女」像 渡部 周子
3. 「男性の更年期」と「男性性」規範
──ドイツ20世紀初頭の医学言説から──
原 葉子 (お茶の水女子大学)
4. 〈標準的な男らしさ〉の構成
──男性誌におけるホモフォビックな言説を事例として──
田中 俊之 (武蔵大学)

報告概要 上野 千鶴子 (東京大学)
第1報告

シンシア・エンローによる軍隊のフェミニスト分析
──統一的再解釈──

望戸 愛果 (一橋大学)

 アメリカのフェミニストであり、政治学者である、シンシア・エンローの議論を、従来詳細に検討されることのなかった彼女の初期エスニシティ・軍隊研究にも焦点を当てることによって統一的に再解釈する。90年代以降、エンローはフェミニスト的視角からの国際関係論・軍隊研究における「パイオニア」として注目を集めてきた。これに対して本報告は、エンローが60年代より他の論者から多くを学んできた外在的なプロセスと、エンロー自身が自らの考えを深めてきた内在的なプロセスの双方を可視化させ、彼女の議論を相対化する。エンローに関する議論に新たな視角を提供すると共に、「軍隊と女性」をめぐる彼女の分析視角を実証研究に耐え得る応用可能なモデルとして整備することが、本報告の目的である。

 エンローがジェンダー視角を明示的に導入したのは1980年のことである。本報告ではそれ以前のエンローを「フェミニスト以前」と呼び、それ以降を「フェミニスト以降」と呼ぶ便宜上の時代区分を提示する。その上で、特に70年代以降のエンローの軍隊研究の変遷に焦点を合わせ、その統一像を「軍隊の人的資源政策」「軍隊による秩序維持」「軍隊に関する争点」という3つの分析視角を軸として析出する。併せて、ジェンダー視角導入による分析視角の変化を明確化し、「フェミニスト以前」と「フェミニスト以降」を媒介した上で、最終的には両者の括弧を取り外すことを目指すものである。

第2報告

日本近代期における規範としての「少女」像

渡部 周子

 本発表は、日本近代期に形成された女性の新しいライフコースである「少女」期の規範を事例として、近代国家によるジェンダー役割の構築とその固定化について考察するものである。明治期の学校制度の確立によって就学期間が長期化し、生殖可能な身体を持ちつつも結婚まで猶予された期間がそれ以前に比して相対的に長くなった。本発表は、近代国家が創出した「生殖待機」期間を「少女」期と捉える。

 従来、女性が「良妻賢母」という規範のもとに国民国家の形成に参画させられたとする指摘がなされている。では、妻となり母となる前の「少女」期に、いかなるジェンダー規範が求められたのだろうか。本発表は、明治期の教育論や修身教科書に展開される「少女」期特有の規範、「愛情」規範、「純潔」規範、「美的」規範を事例として、近代国家におけるジェンダー規範の特質について考察したい。「愛情」規範とは、夫や家族に献身し再生産役割に徹することを内面化させることを意図する規範であり、一方結婚まで異性関係から遠ざけるために機能した規範が「純潔」規範である。しかしながら、少女は近い将来男性に妻として選ばれねばならないので、「純潔」規範から逸脱しない範囲で、異性愛男性にとって好ましい愛の客体として「少女」を育む理論「美的」規範が提示されていた。

 本発表が意図するのは、「少女」期の規範を事例として、異性愛セクシュアリティーを基調とする近代国家において、女性は完全なる「愛の客体」としてのジェンダー役割が求められていたことを明らかにすることである。

第3報告

「男性の更年期」と「男性性」規範
──ドイツ20世紀初頭の医学言説から──

原 葉子 (お茶の水女子大学)

 本報告では、1910年にベルリンの神経科医クルト・メンデルによって提起された「男性の更年期」をめぐる、ドイツ医学界での議論を取り上げる。ドイツではすでに19世紀後半から「更年期」に対する医学的関心が強まっていたが、それはそもそも「女性の性的特徴」に合致する現象として捉えられていた。「男性にも更年期がある」とするメンデルの主張は賛否両論で迎えられるが、その議論の重点は「男性更年期」の有無よりも、「男性性」規範の問題におかれていたように見受けられる。

 ジョージ・L・モッセによれば、ドイツ近代市民社会の存立基盤は男性共同体にあり、その原理となっていたのが「男性性」であるという。「更年期」が、議論の中で心身における自己制御能力の喪失によって特徴付けられることで、「男性更年期」は「男性性」規範からの逸脱とみなされていく。しかしそれによって、「男性性」の規範を体現すべき市民男性誰もが加齢のプロセスにおいて逸脱に陥る可能性をもつという、「正常/異常」境界線の侵犯性の問題と、それゆえ市民社会の基盤を脅かす可能性が内包されることになった。そのため「男性更年期」は、いったん脱男性化されながらも、最終的には女性更年期と老年期からの差異化によって「男性性」の域にふみとどまっていくことになる。

 本報告ではこうした「男性更年期」をめぐる議論の構造とそこにある含意を呈示していく。

第4報告

〈標準的な男らしさ〉の構成
──男性誌におけるホモフォビックな言説を事例として──

田中 俊之 (武蔵大学)

 ジェンダーを主題としたメディア研究は、女性あるいは〈女らしさ〉がメディアのなかでいかに表象されているのかを分析対象にしている、という印象があるかもしれない。実際、メディアが男性によって支配されている状況では、メディアの描くステレオタイプ的な〈女らしさ〉にたいするフェミニズムによる批判が、こうした研究の出発点となっていることは周知のとおりである。その中でも、女性誌/男性誌という明確な区分が存在する雑誌の言説は、女性が女性として認められるために必要とされる〈女らしさ〉を提示し、それを維持・再生産しているとの指摘がなされ、すでに多くの知見が蓄積されてきた。

 その一方で、男性誌において示される〈男らしさ〉が、男性読者にとってどのような規範性をもつのかについてはほとんど言及されてこなかった。しかし、女性と同様に男性もまた「ジェンダー化された存在」であるとするならば、男性誌が〈男らしさ〉の維持・再生産にたいして果たす役割も無視できないのではないだろうか。本報告では男性誌のみに掲載された「ホモ」をめぐるスキャンダル記事の言説から、男性のよるホモフォビアが〈男らしさ〉の証明にもつ意味を検討する。これにより、男性は自身と「同性愛男性」を差異化し、女性を性的対象として指向するというふたつの要素によって、「異性愛男性」としての位置を確保しているという構造を顕在化させる。

報告概要

赤川 学 (信州大学)

 望戸報告では、フェミニスト政治学者シンシア・エンローの軍隊分析が「軍事化された女性たちのあいだのつながりを考察すること」であり、その視点は、フェミニストになる以前のエスニシティ研究の時代から一貫していることが示された。

 渡部報告では、明治期の女子教育論や高等女子学校用修身教科書における、「愛情」「純潔」「美的」規範が分析された。それら規範は、異性愛セクシュアリティーを基調とする近代国家による、将来の良妻賢母たる「少女」に対するジェンダー役割として解釈された。

 原報告では、20世紀初頭ドイツにおける「男性の更年期」をめぐる医学的言説が分析された。男性更年期が自己制御能力の喪失ゆえに、男性性からの逸脱とされる過程、他方、男性更年期が女性更年期と老年期からの差異化として男性性領域に留まる過程が示された。

 田中報告では、フェミニズム的なメディア研究の視点から、雑誌言説が流布する<男らしさ>と男性の関係を探る営みがなされた。あるスポーツ選手の「ホモビデオ」出演をめぐる報道にみられるホモフォビックな言説の構造が明らかにされた。

 4報告のうち渡部・原報告は、歴史的な言説を素材にジェンダー規範の登場を示す点で共通しており、田中報告まで含めて広義の言説分析といえる。今後は、分析の素材えらびや、素材と理論の関係づけについて、更なる相互対話を期待したい。望戸報告は、軍隊内の女性、軍隊と(軍隊外の)女性の関係という、システム間の関係を適切に理論化しえており、今後の発展が期待できる。

 当日のフロアからは、各報告に対して、複数の活発な質疑応答がなされたことにも感謝したい。