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年次大会
大会報告:第54回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第10部会)


第10部会:歴史・文化・身体  6/18 10:00〜12:30 [西校舎・1階 513教室]

司会:野上 元 (筑波大学)
1. 戦前期農村における理想の「生活」像
――『家の光』の分析から
石井 清輝 (慶應義塾大学)
2. 近代化における建築家の主体形成と社会的地位の変遷
――芸術社会学からのアプローチ
南後 由和
(東京大学・日本学術振興会)
3. 近代伊勢観光における遊興空間の成立と変容
――医学用模型の展示と性の視覚化
 [PP使用]
妙木 忍 (東京大学)
4. 音楽・身体・社会
――身体と間身体の奏でる音楽
松尾 信明

報告概要 野上 元 (筑波大学)
第1報告

戦前期農村における理想の「生活」像
――『家の光』の分析から

石井 清輝 (慶應義塾大学)

 本報告の課題は、戦前期の農村においてどのような「生活」が理想として思い描かれていたのか、そしてその実現に向けた模索がどのようなものであったのか、を明らかにすることである。大正期から昭和初期にかけての時代は、都市中産階級を基盤とする消費的なマス文化が広がり、近代的な都市生活の原型が形作られた時代である。これまで、これらの文化はレコードの大量生産やラジオ放送、交通網の飛躍的発達によって、地域や階層をこえて普及していったとされてきた。しかし、都市部において形成された諸々の近代的な生活様式の広がりは、実際には地域や階層、それを受け止める当事者が置かれた位置によって、変形や屈折を含みながら、それぞれに異なった反応を生み出していったのではないだろうか。本報告では、このような問題関心のもとに、戦前の農村における「都市文化」の受容、それに関連した独自の生活様式の模索などを、『家の光』を中心に分析していきたい。『家の光』は戦前から農村を中心に広く普及した雑誌であり、農村が都市へ向けたまなざしや、その典型的な反応の一つを示していると考えられる。本報告では、生活改善運動や経済更正などの動向も踏まえつつ上述の課題を検討していきたい。

第2報告

近代化における建築家の主体形成と社会的地位の変遷
――芸術社会学からのアプローチ

南後 由和 (東京大学・日本学術振興会)

 本報告では、近代的な芸術観である独創性や個性という概念と結びついた建築家の誕生と主体形成の過程を、芸術社会学での作者および文化生産者をめぐる理論を援用しながら明らかにすることを目的とする。つまり、建築家を固定した非構築的な創造的源泉として見做すのではなく、建築家という主体を取り巻く技術、制度、メディアなどに基づく社会的諸関係??建築家、クライアント、文化的仲介者、オーディエンス??が形成する建築の「場」に着目しながら、建築家の社会的地位の変遷を論じる。

 第一に、芸術/技術、建築家/建築士、言葉/物などの境界を検討しながら、芸術・芸術家のなかでの建築・建築家の特異性を論じる。第二に、芸術作品と作者名を結びつける習性の由来を踏まえたうえで、ルネサンス期を境とした西欧における建築家の社会的地位を担保する条件の変容をパトロン、市場、アカデミー、ジャーナリズムなどとの関係から整理する。第三に、西欧における建築家のイメージが、日本においてどのような連続性とずれを孕みながら反復、投影されていったのかに言及する。象徴的な事例として、ミケランジェロを最も偉大な建築家と位置づけ、戦後日本の建築界を牽引し名声を獲得していった丹下健三を取り上げる。

第3報告

近代伊勢観光における遊興空間の成立と変容
――医学用模型の展示と性の視覚化

妙木 忍 (東京大学)

 本発表は、(1)三重県伊勢市郊外に残存する医学用展示群の成立過程を歴史的・文化的に解明し、(2)それが1970年代後半以降の、観光産業としての性の展示に結びついていった経緯を明らかにすることを目的とする。三重県の医学用展示群は、かつて大正期・昭和期に日本各地で開催された「衛生展覧会」と酷似しており、その痕跡であると思われる。
元祖国際秘宝館4号館の医学用展示群を分析対象とし、展示物の記録およびインタヴュー調査により検証を試みた結果、三重県の医学用展示群は、衛生展覧会を開催していた赤十字博物館の閉館から9年の断絶を経て再現されたということ、また、展示内容(症例模型など)がかつての衛生展覧会と酷似していること、そして、同じ業者が納品しているということが分かった。また、この医学用模型の展示の導入から5年後に、性に関する秘宝館文化が同じ場所で開花したという点もまた重要な発見である。すなわち、医学用模型の展示がのちの秘宝館文化に発展したという経緯が明らかになった。

 身体を模造する江戸期の見世物「細工物」や、江戸後期に登場した「生人形」、その技術が国産初の解剖模型に導入され、のちに衛生展覧会が成立・終焉した。この「身体の展示」の系譜の中に、9年後の医学用模型の再現および、その後の秘宝館文化も位置づけることができるだろう。すなわち本発表は、「身体の展示」がいかにおこなわれ、いかに変容したのか、という問いをも含んでいる。

第4報告

音楽・身体・社会
――身体と間身体の奏でる音楽

松尾 信明

 報告者の現時点での問題意識は、以下である。

 クリス・シリングによれば、音楽とは、「混じり気のない社会的構築物(a pure social construction)」であるとして十分に分析されるものでもなく、そう分析されえもしないものである。音楽とは、身体と深く関係している事象であるととらえることができるものである。

 本報告では、身体と音楽との結合を探究した理論のひとつであると位置づけることのできる、アルフレッド・シュッツの音楽論を糸口として、議論をはじめる予定である。その上で、「音」「リズム」を鍵概念とし、主として、木村敏、廣松渉、バーバラ・アダム、ジョン・ケージの所説を検討する予定である。原基的・基層的な「音」「リズム」をおさえた上で、そこから、音楽・身体・社会を連関させてとらえうる社会学理論の構想の一端を提示することが、本報告の目的となる。

 以上の問題意識に基づき、当日、報告を行いたいと考えている。

報告概要

野上 元 (筑波大学)

 本部会では、個性的な4つの報告をえて、会場を交えての刺激的な議論がなされた。
まず、第一報告「戦前期農村における理想の『生活』像」(石井清輝さん・慶應義塾大学)では、農村の「合理化」「生活改善」のためのアイディアが提案され交換される場として雑誌『家の光』をとらえて分析するとともに、経験と表象を結ぶ歴史社会学的な作業領域を確保しようとする試みが示された。また第二報告「近代化における建築家の主体形成と社会的地位の変遷」(南後由和さん・東京大学)では、「芸術家」という主体を生み出すブルデュー的な「場」の議論を概観したあと、ルネッサンス期および明治期において、職人や現場作業者と区別されてゆく「建築家」形成の「歴史」が示された。第三報告「近代伊勢観光における遊興観光の成立と変容」(妙木忍さん・東京大学)は、いわゆる「秘宝館」の起源に「衛生博覧会」の影を見いだそうとしている。「見せる身体」を媒介にして、医学的啓蒙とポルノグラフィ、土俗的な性信仰などが錯綜する地点に「秘宝館」の歴史的な位置を見いだそうというのである。第四報告「音楽・身体・社会」(松尾信明さん)は、音楽=「相互に波長を合わせるコミュニケーション」という視座を持つシュッツの議論に注目し、コミュニケーションにおける「身体」次元の理論化に取り組もうとしている。また本報告で紹介された、無響室に入るジョン・ケージの試みについて、「社会学者も理論的関心に基づいた『実験』に取り組んでもいいのではないか」というコメントが会場からあったことも特記しておきたい。

 部会のタイトルである「歴史・文化・身体」は、それぞれ関連する重要な社会学的領域であるために、それらをいかに焦点化し、いかに繋げるかが各自の「腕の見せどころ」となっている。対象の違いこそあれ、本部会でも様々な社会学的な想像力の可能性が示されたように思う。

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