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年次大会
大会報告:第55回大会 (報告要旨・報告概要:テーマ部会A)


テーマ部会A 「多元化する若者文化」  6/17 14:20〜17:20 [1H棟・2階 1H201講義室]

司会者:浅野 智彦(東京学芸大学)、松田 美佐(中央大学)
討論者:山田 昌弘(東京学芸大学)

部会趣旨 浅野 智彦(東京学芸大学)
1. 若者文化の個別性 山田 真茂留(早稲田大学)
2. 若者文化論の系譜――折々の主題から見えるもの 岩間 夏樹(ビエナライフスタイル研究所)
3. 地方の若者・都市の若者
――愛媛県松山市・東京都杉並区2地点比較調査の結果から
辻 泉(松山大学)

報告概要 浅野 智彦 (東京学芸大学)
部会趣旨

部会担当: 浅野 智彦 (東京学芸大学)

 先のニュースでお知らせした通り今年度は若者文化の多元性を主題とする部会を開設する。

 若者文化が多元的であるという主張自体は必ずしも目新しいものではない。90年代半ばまでは趣味や好みの細分化による文化の断片化・相互没交渉化といった議論がなされ、また90年代後半以降には社会経済的諸条件による階層状の分化といった議論がなされてきたのであり、「大人」のそれに対立するものとして「若者」の文化を一元的に捉えようとする態度が素朴に過ぎることは繰り返し指摘されてきたといってよい。

 だが多元性を論じるその視点自体の一元性/多元性についてはあまり注意が向けられてこなかったのではないか。90年代後半以降、若年雇用の問題や階層格差、階層再生産の問題が前景化するにつれて「趣味の細分化」論は後景に退き、階層論的な観点からのそれが議論の場を埋め尽くすようになる。もちろんそこには社会状況の変化への対応というごく当然の事情があり、それぞれの時期に産出された諸研究に重要な学的・実践的意義があったことは強調しておくべきであろう。しかし同時にだからこそ別種の多元性のあり方──いわば多元性へのアプローチの多元性──にも注意を向けておく必要があるとも考えられる。

 このような観点から今年2月に行なわれた研究例会においては男性の性的コミュニケーションのあり方について澁谷知美さん(東京経済大学)に、またオタク系サブカルチャー内部の分化について七邊信重さんに報告して頂き、様々な視点から活発な議論がなされた。

 これをふまえて来る学会大会では、この多元性について、第一に歴史的な変遷という観点から山田真茂留さん(早稲田大学)に、第二に世代差の観点から岩間夏樹さん(ビエナライフスタイル研究所主幹)に、第三に地域差の観点から辻泉さん(松山大学)にそれぞれ報告して頂いた上で、階層格差を重視する立場から山田昌弘さん(東京学芸大学)に討論者としてコメントして頂く。フロアも含めての活発な議論を期待したい。

第1報告

若者文化の個別性

山田 真茂留(早稲田大学)

 若者文化が捉えにくくなっていると言われ始めて既に久しい。それはひとえに、対抗性を具備し、若者世代全域を覆うとともに他の世代からは明確に区別され、全社会的にインパクトを持つ若者文化という現象ないし視角が過去のものとなってしまったからにほかならない。振り返ってみれば若者文化というのは、実は歴史上非常に個別的な存在であった。

 日本における若者文化史を、支配文化に対する対抗性という軸と主要文化に対する下位性という軸で見据えるならば、戦後初期:対抗性の貫徹⇒60年代末の団塊世代:対抗性と下位性の混淆⇒80年代の新人類:下位性の氾濫という大きな遷移を見て取ることができる。そして90年代以降、かつてのようなまとまった形での若者文化の大きな塊を見ることはない。たしかに今日でも若者たちの多くは、文化的アイデンティティをことのほか大切にする。しかしそれは、細分化された諸々の文化領域との個別的な交渉にすぎない。そしてそこでは、実のところ文化よりも群衆や集団が、また群衆や集団よりも関係や個人的ライフスタイルが相対的重要性を帯びているのである。

 では、若者文化という存在や見方は、今や取るに足らぬものとなってしまったのであろうか。必ずしもそうではあるまい。古典的な対抗文化ないし下位文化へのノスタルジーを解除しさえすれば、今でも若者たちと文化との関わりの多様な現実が浮き彫りになってくる。また、若者たちをマスとして捉える視線それ自体は近年再び高まりつつあるが、それは彼らの振る舞いが相当に特異であるとともに、それが何ほどか時代や社会全般を先鋭的に表象しているように映じているからにちがいない。過去にこだわり過ぎることなく、文化論的視角を広く且つ柔軟に設定するなら、若者文化研究はこうした重要な課題の数々に正面から挑戦していくことができるであろう。

第2報告

若者文化論の系譜――折々の主題から見えるもの

岩間 夏樹(ビエナライフスタイル研究所)

 若者論の主題は時代によって変化する。昭和20年代生まれを中心とする団塊世代の時代には「政治」が主題となり、そして80年代の新人類・オタク世代の時代には「消費」が、さらにギャル文化が浮上してきた団塊ジュニア世代前期には「性」が主題となり、最近は若者の「就労」の問題をめぐる様々な問題が盛んに議論されている。これは若者論がその時代の、もっとも目立つ若者像を理解しようとするものだからだろう。また、その折々の一般的な社会的関心とも関係している。若者論の主題は、実際の若者状況と必ずしも正確にシンクロするわけではない。クライアントからの依頼によって仕事をする機会の多い私はそれを痛感する。

 昨今、若者論全体の中で若者文化論がやや後景に退いている観があるのは、80年代から90年代にかけての「消費」や「性」が主題となった時代と比較するからだろう。たしかに、その時代には目のくらむような様々なサブカルチャーが噴出し、おのずと、それは社会全体の関心を集めた。また、それはその当時の若者像を理解するためのスウィートスポットでもあった。

 しかし、思えば「政治」が主題となった時代にも、それに付随して様々な文化現象があったことは、ポピュラーミュージックやアートの分野を見れば一目瞭然だ。それは「就労」をめぐる構造的な課題が関心を集めている今も、同様だと思える。たとえばニートの問題は、必ずしも就職氷河期や終身雇用制の崩壊からだけで説明できるものではなく、若者たちのライフスタイルや生活価値観とも関係している。

 世代論という観点から、若者研究の流れを整理したうえで、最近携わった厚生労働省のニート調査プロジェクトの結果の一端を紹介しつつ、若者文化の問題としてニートについて考察してみたい。

第3報告

地方の若者・都市の若者
――愛媛県松山市・東京都杉並区2地点比較調査の結果から

辻 泉(松山大学)

 知られるように、日本における若者文化は、都市化という社会変動と深く関わってきた。この点は「金の卵」と呼ばれた団塊世代、そして渋谷に代表されるような消費文化を享受した新人類世代を思い起こせばよいであろう。

 よって、社会学における若者文化研究も、主に大都市の若者を中心的な対象としてきた。例えば、青少年研究会が継続して実証調査を行ってきたのも大都市であり(『みんなぼっちの世界』『検証・若者の変貌』など)、宮台真司・岩間夏樹らのグループが実証調査を行ったのも、大都市であった(『サブカルチャー神話解体』など)。

 しかし、半ば自明視されてきた都市と若者の結びつきも、昨今では変化しつつあるようだ。例えば、携帯電話の普及に代表されるような変化によって「もはや渋谷も水戸の駅前も同じ」(北田暁大『広告都市・東京』)という指摘もあれば、「いまや消費文化の発信元は地方都市である」(三浦展『ファスト風土化する日本』)と指摘するマーケッターもいる。

 だが、こうした新たな動向に関する、実証的な検討は寡聞にして多くない。そこで本報告では、以下に紹介する調査結果を元に、地方都市と大都市の若者文化の比較検討を行う。果たしてそれは、本当に目立った違いのないものになってしまったのか、それともいかなる違いが見られるのか。当日は、いくつかの調査項目ごとに検討を行いたい。

 なお本報告が用いるのは、2005年11月に松山大学人文学部社会調査室を調査主体として行われた、「若者の生活と文化に関する調査」の結果である。同調査は、愛媛県松山市及び東京都杉並区に在住する20歳の男女を母集団に、選挙人名簿を元に層化二段無作為抽出法によって得られた各地域1000名を対象者として行われた。調査票の配布、回収とも郵送法を用い、有効回答数(率)は愛媛県松山市249名(24.9%)、東京都杉並区266名(26.6%)であった。

報告概要

浅野 智彦 (東京学芸大学)

 本部会の目的は、最近労働や移行過程からのみ展開されがちな若者論についてより多元的にアプローチすることであった。

 第一報告において山田真茂留氏(早稲田大学)は、特定文化の共有によって若者を捉えることが困難になりつつあることを指摘し、むしろ文化論的な視点が若者論と重なり合うという事態は歴史的に見て特殊なものではなかったかと問う。今日かろうじて若者を集団として特定するための表徴はコミュニケーションの型にのみあるというのが山田氏の見立てである。

 岩間夏樹氏(ビエナライフスタイル研究所主幹)による第二報告も、若者をめぐる議論の主題が消費や性などから就労を中心としたものに移行しつつあり、さらに就労をめぐってコミュニケーションの問題が浮上してきていることを示すものであった。問題はそこで論じられているコミュニケーションがどのようなものなのかということだ、と岩間氏は指摘する。

 辻泉氏(松山大学)は第三報告において若者文化の地域間比較を行ない、メディアによって喧伝されるような典型的若者像が地方においてこそはっきりと見出だされるということを確認した。そのような事態の背後にあるのは、大都市の若者における限りない差異化志向と地方都市における同調志向という分化ではないかと辻氏は推論する。

 討論者の山田昌弘氏(東京学芸大学)からは、若者文化が階層変数にのみ還元されるものではないとして、それではどのような変数が最も強い規定力をもつのかという質問がなされた。これに対する応答の中で文化変容の偶発性や歴史的文脈などについて、また、若者のおかれている社会経済的状況がさらに深刻になった場合に様相が変化する可能性について議論がなされた。

 会場と応答を含めて最終的には文化とコミュニケーションパタンとの関係、文化論を若者論として再度展開する可能性といった論点が浮き彫りになった。

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