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年次大会
大会報告:第58回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第9部会)


第1報告

日本における教育の公共性論の台頭に関する一考察――その文脈と意義について

金子 聡(東京都立大学)

日本では冷戦終結前後から公共性論が台頭した。教育学界でも同時期から教育の公共性論が台頭した。教育学界でも他の学問界同様にハンナ・アレントの公共性論が注目された。その先駆的な研究者は教育哲学者の小玉重夫だった。しかし、「なぜいま教育の公共性論なのか?」は必ずしも明確ではなかった。ではそれは一過性の流行だったのだろうか。

今では公共哲学という新しい学問も登場し大学によっては制度化もされ始めているが、「公共(性)とは何か?」は実はそれほど明確でない。というより今でも極めて論争的な概念であると言える。実際、法哲学界では公共性概念の正当性問題は一つの重要な研究テーマでもある。

そこで本報告では教育学界で教育の公共性論が台頭した文脈と意義を考える。その際、ほぼ同時期に注目された(文化的)再生産論を手掛かりにする。実際、小玉も再生産論研究からアレント研究に移行していった。

第2報告

「ドイツ統一」と大学改革――旧東ドイツにおける中間教職員(Mittelbau)の解体と研究者の行方

飯島 幸子(東京大学)

ベルリンの壁崩壊の衝撃から1年を経ずして1990年10月3日、ドイツは統一を迎えるに至った。東西ドイツの政治的統一により、主として東側の社会システムは様々なレベルで西側システムへ転換するための手続きを短期間に迫られていく。大学もしくは学界の領域もこの例にもれず、1990年代初頭を中心に新連邦州の各地で「大学改革」の名の下にドラスティックな構造変換が断行されていった。

本報告では、まず大学における研究者の異動に着目し、先行研究をもとに、大学改革がもたらした人員構成の変換を概括する。「大学改革」を主題とした研究は、しかし、1990年代半ばには収束してしまい、その後、当時の研究者への追跡をともなった質的調査は行われないままだった。"Mittelbau"とは大学における教授を除いた中間教職員を指すが、旧東独時代の大学で特徴的なこの層が果たした役割は大きかったと言える。しかし、大学改革を経た(西側由来の)新制度になじまず、そのため大学改革を契機に彼らの多くが職業・研究を継続する上で大きな困難を経験しなければならなかった。これら「知」を発信すべき人々の大量流出は、後の学界における「東」からの視点の少なからぬ空白−不可視化されてしまった「東」の経験へとつながる最大の要因と考えられる。ベルリン・フンボルト大学の社会科学者を対象に、報告者がこれまで実施してきたインタビュー調査の蓄積を交えて報告する。

第3報告

韓国青少年の学校生活と教育達成――-中学・高校生を対象とした日韓比較調査から――

小澤 昌之(慶應義塾大学)

本発表は、韓国の中学・高校生を対象とした意識調査をもとに、中高生の学校生活に対するコミットメントの程度が、教育アスピレーションに与える影響について考察するものである。

韓国では1980年代における高等教育拡大政策により大学進学率が飛躍的に上昇した一方、1990年代後半の通貨危機を発端とした景気低迷に伴い、大卒者の就職率の低下と非正規雇用者の増加が社会問題となっている。ところが、韓国では「高等教育が個人の社会経済的地位の向上に役立つ」という学歴信仰が根強く残っており、近年では幼稚園段階から受験準備を始める家庭が増加している。

先行研究によれば、韓国における教育アスピレーションに強い影響を及ぼしているのは、進学による社会経済的便益よりも、勉学自体から得られる消費効用であり、両親の学歴のように、社会階層的要素による影響は、勉学に対する消費効用に階層差が生じないため限定的だと指摘されてきた。ただ、韓国国民の私費負担の教育費、統計を開始した1982年より一貫して増加傾向にあり、特に品質の高い教育機会を与える観点から、高所得者層の教育費は増加傾向にあり、中低所得者層との間で格差が生じているという指摘がある。

本研究では、中高生の学校生活と教育アスピレーションとの関連性に関して、地方―都市の地域差や家庭の生活水準のように、社会経済的地位の違いにも注目し、韓国の青少年における勉学・学業に対する態様や教育達成に対する意識を考察する。

第4報告

現代日本における地位達成過程とアスピレーション[PP]

相澤真一(日本学術振興会)

本報告では、2つの全国調査から得られた結果をもとに、現代日本における地位達成においてアスピレーションがいかなる形で介在しているのかを検討する。

2005年社会階層と社会移動調査では、15歳時の希望教育段階(教育アスピレーション)を尋ねた結果、男性を中心に高いアスピレーションを持つ割合が生年コーホートによって変わらないという傾向が出てきた。そして、階層的要因と結びついたアスピレーション自体が教育達成過程に規定する影響力も生年コーホートによって変わらなかった。

一方、2006年の日本版総合的社会調査では、15歳時の希望職業をたずねている。希望職業は、生年コーホートが若くなるにつれて、威信の高い職業や実現しにくい職業を希望する傾向が強くなっていた。この高まる職業アスピレーションが実際の地位達成過程に及ぼす影響力は生年コーホートが若くなるにつれて、小さくなっていた。その一方で、地位の規定力を強く持っていたのは学歴であった。

つまり、現代日本の若い世代では、職業アスピレーションは高まる一方、教育アスピレーションは高まっていない。その結果、地位達成に対して影響力を持っているのは教育アスピレーションと教育達成である。この認識と現実の齟齬が持つ意味をさらに理論的に検討する。