2011年度 第1回

澤井 敦(担当理事)

テーマ部会Bでは、来年3月の研究例会、6月の学会大会でのテーマ部会をつうじて、「リスク・個人化・社会不安」という主題のもとに活動を行う予定です。「リスク・個人化・社会不安」という三つのキーワードを交差させながら、現代社会の現状を開けた視野のもとに、主として社会理論・社会思想的観点から理解することが趣旨です。

もちろん「リスク社会」や「個人化」という切り口からは、すでに多くの研究が生み出されているのは周知のとおりです。しかしながら、2011年3月11日以降の、震災以後の経験によって私たちがあらためて思い知らされたことのひとつは、われわれが生きる現代社会の基盤の想像を上まわる脆さということだったのではないでしょうか。自然的・社会的に生み出されるリスクや危険に直面したときの現代社会の脆弱性、また、そうした危機的状況に際して個人化された社会に生きる人びとが日常生活のレベルでなし得ることの限界や協調することの困難、さらに、このような限界や困難が呼び起こす無力感が社会不安を醸成し、ひいては不安のはけ口を求める人々を、時として利己的な行動や異物・他者を極端に排除しようとする方向へと集合的に走らせてしまうこと、これらのことを、震災以後の経験はさまざまなかたちをとりつつ、あらためて私たちに再認識させるものだったのではないでしょうか。

とはいえ本部会は、震災に関する問題を直接的に論じることを意図するものでは必ずしもありません。また、「リスク・個人化・社会不安」という三つのキーワードが相互にリンクするありかたについても、先の記述はその一例を示したものであるにすぎません。むしろ、震災以後の経験によってあらためて浮き彫りにされた現代社会・日本社会の特質をふまえて、われわれが今いる社会的・歴史的な場の様相を再整理する理論的な見取り図を、多元的な観点からあらためて描き直していくということが、本部会の趣旨です。

大会のテーマ部会では、リスク社会論、個人化論、不安定化する心の問題の各々について、第一線で議論を展開しておられる研究者に報告をご依頼する予定です。また、まだ先の話ではありますが、二年目の活動では、理論的な考察とともに実証的な研究にも視野を広げ、自立と孤立の狭間に佇む個人化された社会の人びとが、リスクや不安に抗して、それぞれの生のあり方を再構築していく可能性について考えていく予定です。

テーマ部会と連動しつつ、活動の皮切りとして3月17日に開催される研究例会では、若手の研究者お二人に報告をお願いする予定です。報告者は、ウルリッヒ・ベックの個人化論やリスク社会論について綿密な読解を試みておられる川端健嗣さんと、「不安のリスク化」や自立と依存の関係について「新しい生活の形」を視野に入れつつ論じておられる権永詞さんです。討論の時間も十分とってありますので、比較的小規模でリラックスした雰囲気のなかで、自由な議論が展開されるものと期待されます。理論的な問題に興味をお持ちの方のみならず、より具体的な個別の問題に関心を寄せられている方をも含めて、幅広い皆さまのご参加をお待ちしております。

開催日程

テーマ: リスク・個人化・社会不安(社会理論・社会構想)
担当理事: 伊藤美登里(大妻女子大学)、澤井敦(慶應義塾大学)
研究委員: 石田光規(大妻女子大学)、鈴木宗徳(法政大学)、澤井 敦(担当理事)
日 程: 2012年3月17日(土) 14:00〜17:30
場 所: 法政大学市ヶ谷キャンパス・外濠校舎3階 S307教室
報 告 者: 川端健嗣氏(東京大学人文社会系研究科博士課程)
権永詞氏(千葉商科大学非常勤講師)
司 会: 石田光規(大妻女子大学)、鈴木宗徳(法政大学)

研究例会報告

2012年3月17日に法政大学市ヶ谷キャンパス外濠校舎3階S307教室にて、午後2時から5時30分まで、テーマ部会B「リスク・個人化・社会不安(社会理論・社会構想)」の研究例会が開催されました。若手研究者のお二人それぞれご発表の後、質問や討論がなされ、最後に総括討論がなされました。参加人数は、発表者や司会も含め24名でした。
最初に、権永詞(千葉商科大学)さんが「『異質な他者』との邂逅-リスク社会に生じる全面的な衝突を超えて」というタイトルで報告されました。
権さんの報告では、まず、現代社会において深刻化しつつある他者への不寛容が、日常的な社会関係から他者の異質性が捨象されたことに由来することが指摘されました。次に、自他の全面的で暴力的な衝突を回避するためには、殲滅すべき敵ではない、「異質な他者」に邂逅する必要があることが指摘されました。具体的には、Anthony Giddensの想定する個人が他者を計算可能なリスク要因か計算不能な敵かに二分してしまうのに対して、Ulrich Beckの議論においてはリスク計算を行う自己の完結性が疑われることで、自己準拠的であるはずの自己に潜む他者の存在が見出されることが指摘されました。例えば、自己の身体や感情がそれにあたります。このように自分のなかにも「異質な他者」が組み込まれていること、自分というものを「完結した自己」としてとらえるのではなく、「未完の自己」ととらえるならば、異質な他者は殲滅する敵ではなくなること、これが「異質な他者」との共存につながる可能性となることが示唆されました。
第二報告の川端健嗣(東京大学人文社会系研究科)さんは、「個人化・リスク・社会的不平等」という題目で報告されました。
川端さんは、これまで理論的・学説的研究において、Emile DurkheimやTalcott Parsonsの理論との関係で論じられることが多かったBeckの個人化論を、ドイツの同時代の研究、すなわち個人化論がドイツで登場してきた1980年代のドイツ社会学の研究の布置状況から検討されました。それによって、個人化概念が何を問題としているのかを明らかにすることがご報告の狙いでした。具体的には、Rainer Geislerの社会的不平等研究とMartin Kohliのライフコース研究が取り上げられ、それとの関連においてBeckの理論の検討がなされました。そこから、個人化論批判者は、行為の選択可能性および決定可能性という事象が構造的な諸制約(例えば、階級や階層といった社会的不平等の関係性)が解体したために個人化が生じたととらえているが、そうではなく、個人化論は構造的な制約や社会的不平等を媒介して決定という事象が生じている点を問題として扱っていることが指摘されました。
フロアからは、「依存」という契機やテーマをどう位置づけるのか、「自立した個人」ではなく「依存した個人」を出発点とした社会理論の可能性はないのか、自立と自由は必ずしも直結していないが、この自立と自由の関係はどうとらえる(べきな)のか、介護問題に関連して、家族を社会関係ではなく政治関係としてとらえることによって別の観点が拓かれるのではないか、Beck理論においてParsonsはどう位置づけられているのか、Kohliのライフコース研究では個人化はどう扱われているのか、などさまざまな質問や意見が出され、それに報告者が応じる形で議論が深められていきました。
大変充実した研究例会になりました。ご発表・ご参加くださいましたみなさま、本当にありがとうございました。

研究委員:鈴木 宗徳(法政大学)、石田 光規(大妻女子大学)
担当理事:澤井 敦(慶応義塾大学)、伊藤 美登里(大妻女子大学)
(文責:伊藤 美登里)

2011年度 第2回

山本 薫子(担当理事)

今年度のテーマ部会は「リスク・個人化・社会不安」を共通テーマとしています。そのうちテーマ部会Aでは現代社会における個別具体的な社会問題およびそれに対する社会運動(抗い)・社会政策に注目し、それらについて「リスク・個人化・社会不安」の観点から2012年3月の研究例会、6月の学会大会を通じ、議論、検討を行っていきます。具体的には、東日本大震災後を念頭にいわゆる社会的弱者・困窮者が置かれた環境の変化とその構造的背景を確認し、同時に政策的課題および社会運動の取り組みなどについて検討していきます。

東日本大震災の発生から半年以上が経過しましたが、「復興過程」といわれる状況のなかで何が、誰が「忘れ去られている」のでしょうか。本部会では、いわば「弱者(ヴァルネラブルな存在)」のさらなる「弱者」化ともいえる状況について、その実態把握と同時にそうした状況が生み出されていく過程やその社会構造的要因、それらに対する取り組みについて多角的な視点に基づいた検討、議論を進めていきます。そして、そうした作業を通じ、震災の以前・以後という時間軸でとらえたときに見えてくる今日の社会問題・社会運動(抗い)の特質や課題、それらと「リスク・個人化・社会不安」との関連の有り様について認識を深めていきたいと考えています。

2012年3月に開催予定の研究例会では、上記のテーマに即し、福祉、貧困問題、社会運動などの分野において精力的な研究活動をなさっている若手研究者を報告者としてお招きする予定です。幅広い問題関心をお持ちの皆様の積極的なご参加をお待ちしております。

開催日程

テーマ: リスク・個人化・社会不安(社会運動・社会政策)
担当理事: 武川正吾(東京大学)、山本薫子(首都大学東京)
研究委員: 仁平典宏(法政大学)、町村敬志(一橋大学)
日 程: 2012年3月24日(土) 14:00〜18:00
場 所: 東京大学本郷キャンパス 法文1号館315教室
報告者: 米澤旦氏(東京大学大学院)
渡辺芳氏(東洋大学)
司 会: 仁平典宏(法政大学)、山本薫子(首都大学東京)

研究例会報告

テーマ部会Aでは現代社会における個別具体的な社会問題およびそれに対する社会運動(抗い)・社会政策に注目し、それらについて「リスク・個人化・社会不安」の観点から議論・検討を行っていきます。具体的には、東日本大震災後を念頭にいわゆる社会的弱者・困窮者が置かれた環境の変化とその構造的背景を確認し、同時に政策的課題および社会運動の取り組みなどについて検討を行います。
第2回研究例会は3月24日(土)の14時より3時間半程度、東京大学本郷キャンパス法文1号館315教室にて開催され、リスクや個人化、社会不安について社会運動・社会政策の観点からご研究を行っているお二方にご報告をいただきました。なお、出席者数は18名(報告者を含む)で、うち4名程度の非会員の参加がありました。
第一報告として、米澤旦さん(東京大学大学院/日本学術振興会)から「福祉国家再編期におけるサードセクター研究の課題-セクター間の境界の不明確化と相互作用に注目して」というタイトルで福祉国家再編期のサードセクター研究の課題を提示する報告をしていただきました。ご報告では、社会政策領域におけるサードセクター、「社会的企業」の役割が注目され、セクター間の相互作用を考慮した研究が近年試みられていることがまず示された上で、国内外サードセクター間の境界が不明確化しているという問題意識のもと、欧米を中心とした先行研究を整理し、国内での適応可能性を検討していただきました。さらに障害者就労支援に関する「労働統合型社会的企業」の取り組み事例として、「特定非営利活動法人 共同連」とその会員である複数の事業所の運営状況について、特に互酬、再分配に注目した分析がなされました。 第二報告では、渡辺芳さん(東洋大学)より「ホームレス問題における自立と社会参加」というタイトルで、路上ホームレス経験者の語りを手がかりとして「自立」と「社会参加」の関係について検討する報告をしていただきました。渡辺報告では、社会福祉政策が個人化の浸透と福祉国家の日常化を通じて人々の非貨幣的ニーズを充たす仕組みとして位置づけられてきたという前提に立ち、そうした支援メニュー再編が社会福祉政策の再編と連動している仕組みと、こうした仕組みを基盤とする社会における「自立」について、特に社会参加との関連について検討がなされました。
各報告者によるそれぞれ1時間程度の報告と事実関係に関わる質疑の後、45分間程度の全体討論を行いました。まず米澤報告に対しては、「サードセクター」、「社会的企業」それぞれの概念定義(領域区分の設定)と、それらの定義における、互酬原理を体現したものと位置づけられる媒介モデルと、再分配・市場交換・互酬原理の混合の場として位置づけられる独立モデルそれぞれの有益性について質問が寄せられました。そして、独立モデルが日本で受け入れられていることに何らかの政治的理由、学問外在的な要因があるのではないか、といった指摘もなされました。また、海外事例として、韓国の首都、地方における社会的企業の役割、社会的位置づけ(特に雇用の場として見たときの期待)の相違に関する指摘もありました。
また、渡辺報告に対しては、「ホームレス」が社会問題として顕在化する1990年代以前の、いわゆる「浮浪者」と呼び表されていた時期における「自立」「社会参加」についても検討し、今日の状況との比較分析を試みることが有効ではないか、との指摘がなされました。 両報告に関わるものとして、障がい者、ホームレスのそれぞれにおける就労自立の捉えられ方の相違についても議論がなされ、年金・生活保護などの社会福祉受給が前者では「権利」として捉えがちであるのに対し、後者の多数にとってそれは「スティグマ」である、といった言及もありました。
非会員を含む参加者によって質疑応答が活発になされ、それによって論点がより明確化され、例会はいっそう盛大で有意義なものになりました。報告者、参加者の方々に感謝し、お礼申し上げます。

研究委員: 町村 敬志(一橋大学)、仁平 典宏(法政大学)
担当理事:武川 正吾(東京大学)、山本 薫子(首都大学東京)
(文責:山本 薫子)

2011年度 第3回

第3回研究例会 第7回修論フォーラム報告募集のお知らせ

 7回目となる修論フォーラムを以下のように開催します。各大学で作成される修士論文を大学間で検討しあう機会は多いとはいえませんが、この企画は、さまざまな大学の教員や院生・学生が集まる研究例会の場で修士論文を報告・検討するものです。早稲田大学で行なわれた昨年のフォーラムでは、12名の報告があり、約90名の参加者がありました。
 報告者が希望するコメンテーターに修士論文を読んでもらいコメントを受けられるこの機会に、今年も多くの報告者・参加者があり、若手の研究交流の場となることを願っています。
 以下の要領で、2011年度に修士論文を提出した大学院生のみなさんからの報告を募集します(ただし、応募時にすでに関東社会学会会員であるか、同時に入会申し込みすることを条件とします。また、2011年度末に応募者が修士課程を修了できなかった場合には、報告予定を取り消します)。応募者数が会場のキャパシティ以内であれば全員に報告していただきますが、それ以上の応募があった場合は抽選などの方法によって報告者を決定します。また、各論文へのコメンテーターは、応募者が自分の論文を読んでコメントしてもらいたい関東社会学会の会員(たとえば他大学の教員)を第二希望まで応募書類に記し、それにしたがって研究委員会が依頼することとします。申し込み希望者には事前に関東社会学会員の氏名一覧をお送りしますので、その中から2名を選んでください。なお、依頼が不調に終わった場合は、関連する分野の理事がコメントを行います。
 該当する会員から多数のご応募を期待するとともに、会員各位から非会員の修士課程院生のみなさんへの周知をお願いいたします。また、上記のように、応募者の希望により会員各位にコメンテーターをご依頼する場合がありますが、ぜひともご協力下さいますよう、お願い申し上げます。なお、プログラムの詳細は、次号ニュースに掲載いたします。

実施要領

日時:
2012年6月9日(土) 9:00〜12:00(予定)
会場:
帝京大学八王子キャンパス(詳細情報は後日お知らせします)
報告時間:
1人あたり報告・質疑をあわせて約50分(報告者数により調整を行う)

応募要領

応募締切:
2012年3月10日(土)(郵送物は消印有効とする)
応募書類:
①氏名、所属、修士論文タイトル、連絡先(住所、電話、電子メールアドレス)、コメンテーター希望者(第二希望まで)、応募と同時に入会申し込みした場合はそのむね、を記した書類(A4・1枚)
②修士論文要旨(A4・1枚、当日の報告要旨とは別のものでよい)
③修士論文1部(原則として返却しない)
送付先:
〒169-0075 東京都新宿区高田馬場 4-4-19
 (株)国際文献印刷社内
 関東社会学会事務センター

上記あてに、①〜③を郵送すること。また、①②のファイルを電子メール添付で、上記締切日までにnakasuji(アットマーク)s6.dion.ne.jp(中筋)あてに送信すること。

報告を希望する方はコメンテーターを考えるための関東社会学会員の氏名一覧をお送りしますので、申し込みより前に研究委員長(中筋)までnakasuji(アットマーク)s6.dion.ne.jp連絡してください。
報告者が決定次第、結果を応募者に通知します。ご不明な点は、上記メールアドレスにお問い合わせ下さい。

中筋直哉(研究委員会委員長)

修論フォーラム報告

中筋直哉(研究委員会委員長)

今年で7回目となる修論フォーラムが第3回研究例会として、大会と連動させて6月9日午前に帝京大学八王子キャンパスで開催されました。今回は2011年度に修士論文を提出された7大学・9名の報告者を3つのセッションにわけ、修士論文の概要の報告と、コメンテーターからのコメントと応答、参加者を交えた討論が行われました。
セッション1では、張継元氏(東京大学)「隔世家族に関する社会学的考察」(コメンテーター:藤崎宏子氏)、山根由子氏(お茶の水女子大学)「社会保障としての高齢期の住宅保障」(コメンテーター:菊地英明氏)、濱沖敢太郎氏(一橋大学)「定時制高校のエスノグラフィー」(コメンテーター:居郷至伸氏)の3報告、セッション2では、坂井晃介氏(東京大学)「ニクラス・ルーマンの政治システム論における自己言及性について」(コメンテーター:赤堀三郎氏)、小嶋慶太氏(立教大学)「アヴァンギャルドの理論とパラドックス」(コメンテーター:小倉敏彦氏)、澤田唯人氏(慶應義塾大学)「感情的な身体」(コメンテーター:奥村隆氏)の3報告、セッション3では、金澤良太氏(首都大学東京)「文化産業を対象とした政策の課題」(コメンテーター:七邊信重氏)、永田大輔氏(筑波大学)「おたく/オタクの誕生」(コメンテーター:北田暁大氏)、松村一志氏(東京大学)「近代日本の『科学主義』」(コメンテーター:浅野智彦氏)、の3報告が、それぞれ行われました。
3セッションあわせて、80名ほどの参加者があり、活発な質疑、発言が行われました。引き続き午後の大会に参加してくださった方も少なくなかったと思います。報告者、コメンテーター、参加者の皆様に、改めてお礼を申し上げます。
中筋 直哉(研究委員会委員長)