2020年度 第1回

 テーマ部会Aでは1年目の問題関心を引き継ぎ、2021年3月の研究例会と6月の学会大会のテーマ部会をつうじて、社会学の理論はいかなる社会記述を可能にするのか、という観点から理論の形成及び社会学的認識において理論が果たす役割を明らかにする。とくに2年目の今年は、理論というフィールド=ワークのいわば応用問題として、ジェンダー平等にまつわる問題を取り上げる。
 ジェンダー理論が取り組むべき中心的課題の1つに、男女の身体間の差異を前提として私たちはいかなる平等観に基づいて、より〈望ましい〉社会を構想するべきなのかという問いがある。しかしこの課題に、いまだジェンダー理論は適切な解を提示できていない。
 ジェンダー研究は、経験的/実践的な問題関心と関連づけられることが多い分野といえるため、経験/実践に依拠しない理論生成にはこれまで大きな注目が払われてこなかった。理論研究が、概念やその体系としての理論命題それ自体によって、新たな事実そのものを生産=発見し、その発見された事実が新たな規範的社会構想を要請するのだとしたら、ジェンダー理論のこれまでの知見を精査することを通して、上記の中心的課題にアプローチすることができよう。また理論研究によって明らかにされる理論命題それ自体から導出しうる事実は、経験的/実践的な志向を有するジェンダー研究に何をもたらすことになるのかという新たな問いも浮上する。
 本テーマ部会では、1年目の「理論というフィールド=ワーク」につづき、2年目は「理論という実践」という表現で、理論がもたらす社会学的認識と、それがもたらす経験的/実践的な効果について考える機会としたい。
 研究例会では、ジェンダー研究の経験的・実践的な問題関心に潜在している理論的なインパクトを析出し、社会正義を語る構想の基盤としてジェンダー理論を位置づけようと試みている研究者に報告をいただく。具体的には、ジェンダーにおける性的カテゴリーとアイデンティティ理論、第3波フェミニズム理論についての研究報告である。性的カテゴリーとアイデンティティの関係については、ジェンダー研究の分野ではもっとも理論的先鋭化が進んでいる領域の1つである。既存の性的カテゴリーを用いて他者を理解しようとするとき、そこで生じる不可避の暴力性が問題視されてきた一方で、性的カテゴリーを意図的に誤用することで、新たな可能性を生み出せることにも注目されてきた。この観点から、トランスジェンダー/ノンバイナリーの包摂について新たな視座を提示する議論を検討する。また、女性性の否定ではなく、その積極的な「利用」がいかに可能かという問いもまた、フェミニズム理論の対象となってきた。ジェンダー理論に多大な影響を与えているフェミニズム理論はもちろん一枚岩ではない。フェミニズム理論の最先端と位置づけられる第3波フェミニズム思想の理論的な到達点を見定める作業をとおして、理論研究と実証研究の架橋の醍醐味と同時に困難さを考えていきたい。

開催日時

テーマ: 理論というフィールド=ワーク理論という実践
――ジェンダー理論は社会正義を語れるか――
日時: 2021年3月14日(日)14:00〜17:00
報告者: 武内今日子(東京大学大学院)、中村香住(慶應義塾大学大学院)
討論者: 久保田裕之(日本大学)、菅野摂子(明治学院大学)
司会: 齋藤圭介(岡山大学)、流王貴義(東京女子大学)
会場: Zoomによるオンライン形式で開催
研究例会への参加を希望される方は、3月8日(月)までに、以下のリンク先のGoogle Formにて、必要事項を記入し、送信して下さい。前日までにオンライン参加に必要な情報をお知らせ致します。
https://forms.gle/6wv5SN34G4dfo44cA
連絡先: 東京都杉並区善福寺2-6-1
東京女子大学現代教養学部
流王貴義
Email:ryuo[at]lab.twcu.ac.jp([at]を@に置き換えてください)

[テーマ部会A]
担当理事: 流王貴義(東京女子大学)、出口剛司(東京大学)
研究委員: 三浦直子(神奈川工科大学)、齋藤圭介(岡山大学)
 
◆報告要旨
武内今日子(東京大学大学院)
「ノンバイナリーはいかにして承認されうるか」
 ジェンダー不平等の是正を志向するジェンダー理論は、出生時性別が女性であり、かつ異性愛者である主体を暗黙のうちに経験的準拠点としがちであったが、性的マイノリティが社会運動によって可視化されたことを受け、差異の承認をめぐる議論を活発化させてきた。しかし現在、承認論においてトランスジェンダーの承認の可能性が模索される一方で、承認を求める主体間にコンフリクトが生じることや、承認を求める過程自体が規範を生じさせ誤承認を生むことも指摘されている。
 トランスジェンダーのなかでも、男女に当てはまらない社会的処遇を求めるノンバイナリーは、「性同一性障害」のもとでなされたような、男女いずれかへの性別移行の承認をめぐる闘争から排除されてきた主体として位置づけられる。そこで本報告では、ノンバイナリーの承認がいかにして可能なのかを探りたい。その際、まずトランス・シティズンシップ論から、第三の性別の導入や性別の脱構築などの、ジェンダーカテゴリーに対する異なる変革アプローチが同時に模索されていることを示す。次にこれらの議論が依拠する承認論のうち、個々人の主観から離れ、社会的地位モデルから承認を位置づけようとするナンシー・フレイザーの承認/再配分論のもつ可能性と限界を再検討していく。それによって本報告は、ノンバイナリーの承認をめぐる理論的課題および、日本のノンバイナリーが置かれた状況を踏まえた実践的含意を示すことを目指す。

中村香住(慶應義塾大学大学院)
「ポストフェミニズムにおける女性の新たな主体性――第三波フェミニズムからの応答」
 第三波フェミニズムは、ポストフェミニズムの興りに応答するものとして生まれた。ポストフェミニズムとは、ネオリベラリズムと呼応した、フェミニズムを「終わったもの」であると認識させる言説が社会に広く普及している状況を指す。ポストフェミニズムにおいては、女性は自由な「選択」により「エンパワー」できるといった個人主義的な言説が喧伝される。これは特にポップカルチャーやメディア文化の中でみられ、「ポピュラー・フェミニズム」とも呼ばれる。第三波フェミニズムは、ポストフェミニズムにおける女性表象・文化の変化に向き合いつつ、その内部にある新しい形式の性差別構造に批判的な目を向け、現在の状況に対応したフェミニズムを構築しようとしている。
 本報告では、ポストフェミニズムにおける女性の新たな主体性に着目し、その意義と危うさを検討したい。例えば、ロザリンド・ギルはポストフェミニズム的感性の特徴の一つとして、女性が性的客体から欲望する性的主体へと変化したことを挙げている。しかしこの性的主体化は、自らを客体化することを積極的に選択するという方法によって行われている。他にも多くの第三波フェミニズムの論者が女性の新たな主体性の両義性について論じている。本報告では、それらの議論を整理し、理論的課題を明らかにした上で、実際の女性たちの実践との関係を示したい。

 

(文責:齋藤圭介)

2020年度 第2回

 本テーマ部会では、現代社会の記述の困難について議論していこうとしています。かつて、国家権力―住民自治、専門家支配―市民参画、教育―遊び、労働―余暇のように、近代的な大文字の諸価値に新しい価値を対置するという対抗図式が各分野で用いられ、社会学者もそれに掉さしてきました。逆にある時期からは、住民自治や市民参画の理想を掲げることが、コストカットと自己責任を旨とする新自由主義の統治を下支えしてしまう可能性を反省的に指摘することが、社会学者の役割のようになったりもしました。
 しかし、そうこうしているうちに、「自治」や「参画」や「選択」の理想は、対抗的なトリックではなく、新自由主義的な自治体政策(統治のモード)のなかに組み込まれて久しくなりました。「〇〇化社会」式のグランドセオリーも、「新自由主義」だという批判も、それが私たちの日常に根付き、そのなかで切実な実践が行われている現状に対し、空を切ってしまう感があります。タイトルになっている「ワークショップ時代」とは、このような時代を大まかにイメージしています。コンサルタントやマネジメント系の論者の記述のほうが力を持っているかにも見える「ワークショップ時代」に、社会学者はどう関わり、それをどう記述したらいいのか、分野横断的に議論をしてみたいと思います。
 1年目の研究例会「ワークとアートの現場から」と大会テーマ部会「まちづくり・ワークショップ・専門家」では、ワーケーションやアートプロジェクト、そしてまちづくり等の現場で生じている参加型の趨勢をご報告いただきました。参加者の皆さまのテーマも積極的にご報告いただくワークショップ形式で、コンサルタントとその技法、行政、住民といった諸アクターがどう配置されているのかを、そこに至る歴史的趨勢や、社会学者の関わり方といった問題も踏まえて具体的に検討してきました。2年目は、議論の軸足を、より記述のほうに移していきたいと思います。
 まず、3月の研究例会においては、「消費者」と「子ども」をめぐって起きている変化をご報告いただきつつ、既存の消費社会論や子ども論ではなぜそれにアプローチできないのか、オルタナティブな記述をどのように考えているかといった点について、悩みも踏まえてざっくばらんにお話いただく予定です。昨年の研究例会と同様、今回も皆さまの積極的な参加を期待したいと思います。事例や悩みをもってお集まりください。
 なお、6月の大会テーマ部会では、「新自由主義と参加の社会学的再構成に向けて」と題して、新自由主義という記述はもう終わりなのかといった点を問い直していきたいと思います。これらの2年目の活動を踏まえ、現代社会の記述の在り方について、以前より広く可能性を見通せるようになることを願っております。

開催日時

テーマ: ワークショップ時代の統治と社会記述
――現代史の社会学的再考――
日時: 2021年3月21日(日)14:00〜17:00
報告: 林 凌(東京大学大学院)、元森絵里子(明治学院大学)
ファシリテーター: 加島卓(東海大学)、牧野智和(大妻女子大学)
会場: Zoomによるオンライン形式で開催
研究例会への参加を希望される方は、3月15日(月)までに、以下のリンク先(https://forms.gle/djWhBbHDZMEhPnRE7)のGoogle Formにて、必要事項を記入し、送信して下さい。前日までにオンライン参加に必要な情報をお知らせします。
連絡先: 東海大学文化社会学部
加島 卓
E-mail: oxyfunk[at]tokai.ac.jp ([at]を@に置き換えてください))
[テーマ部会B]
担当理事: 加島 卓(東海大学)、元森絵里子(明治学院大学)
研究委員: 仁平典宏(東京大学)、牧野智和(大妻女子大学)
 
◆報告要旨
林 凌(東京大学大学院)
「現代社会を「消費社会」として記述するために――統治術としての消費者主権/消費者志向」
 消費者の立場をめぐって、社会学は多くの議論を行ってきた。特に消費社会論は生産様式の革新に伴い企業活動が変容し、消費者の需要を統制・操作しようとする試みが支配的となることを論じてきた。
 こうした既往研究が有していた問題意識は、現代においても色あせていない。企業による消費者の需要を捉えようとする活動は活発化・高度化している。にもかかわらず、消費社会論の分析図式を現代社会の分析に用いた研究は、活発に行われているとは言い難い状況にある。
 本発表では、国家・企業と消費者を潜在的な対立関係として捉える消費社会論の分析図式の問題点を、近年の「統治性」をめぐる議論を参照することで述べ、むしろ現代社会においては国家・企業と消費者の潜在的協調が問題として検討されうることを論じる。最終的には現代社会を「消費社会」という観点から分析する際に有用と思われるいくつかのアプローチ(の可能性)を提示することを最終目標としたい。

元森絵里子(明治学院大学)
「「子ども/大人」の統治・社会の記述――脱学校・まちづくりから教育保障・専門職ネットワークへの言説変容のなかで」
 社会学における社会の成り立ちの一つの典型的説明が、子ども期の社会化である。家族と学校で保護され将来に備える子どもという観念の歴史性・近代性が指摘されつつ/されるからこそ、この社会記述は改良を試みられるべきものとして日常と社会学になお深く根づいている。とりわけ、「家族の戦後体制」や「家族・学校・企業のトライアングル」に支えられ、社会化的現実が子どもと社会化エージェントを絡めとっているかに見えた20世紀末、対抗言説・実践として地域での育ちや住民参画の実践が称揚され、社会学でも社会化論の「改良」が提案された。
 だが、昨今では、そのような視角が新自由主義と共振する危険性も指摘され、教育保障や生存保障という問題設定や専門職ネットワークという実践形式への注目が集まってきている。この時代変化を視野に入れ、子どもと社会の記述をいかに問い直せるのか、ANTや統治性に注目する欧米の議論も踏まえつつ、フロアと議論したい。
 

(文責:加島 卓)