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年次大会
大会報告:第45回大会 (報告要旨・報告概要:テーマ部会3)

 テーマ部会3 「身体と社会」−−−「老い」を照射する社会学――歴史的視座からの再構築
 6/15 14:00〜17:15 [本館1201教室]

司会者:庄司 洋子 (立教大学)  池岡 義孝 (早稲田大学)
討論者:川崎 賢一 (駒澤大学)  藤崎 宏子 (聖心女子大学)

部会趣旨 池岡 義孝 (早稲田大学)
第1報告: 前近代社会における「老い」の評価
――社会史によるアプローチ
新村 拓 (京都府立医科大学)
第2報告: 「老い」のイメージの変容過程
――近代における反転の意味
和田 修一 (早稲田大)
第3報告: 「老い」の文化
――逆説からの創造
木下 康仁 (立教大学)

報告概要 池岡 義孝 (早稲田大学)
部会趣旨

池岡 義孝 (早稲田大学)

 人間にとって不可避なものとして存在する「老い」は、個人的なものであると同時に、きわめて社会的な現象でもあり、つねに文化や時代による影響のもとにある。われわれが「老い」に感じるアンヴィバレントなイメージも、「老い」の知恵を高く評価する前近代社会の記憶と、「老い」にともなう生産性の喪失から「老い」を排除する志向性をつよくもつ近代産業社会のエイジズムの思想との、複雑な構成体として解読することができる。しかし、「老い」の社会学的な研究の主流は、「老い」の社会的な位置づけの多様性や複雑性を出発点とせず、現代社会の基本的な枠組みのひとつである「高齢化社会」という前提だけに依拠したネガティブな社会問題としての老人問題や介護問題、老齢保障論につよく傾斜しているのが現状である。

 本部会は、「老い」の社会学的な研究の画一性からの脱却をめざし、研究の豊饒化を模索するための試みの場として定位する。そのために、わが国の近代化・産業化の過程の中で、「老い」の意味づけがどのように変化したのかを検討することを重要な課題として設定する。日本医療史を専門とする歴史学者、新村拓氏には、わが国の前近代社会の中での「老い」の社会的な位置づけについて報告していただく。和田修一氏には近代化・産業化のなかでのそれの変容を、工業社会に共通にみられるベクトルとわが国に固有の文化的・歴史的制約という2つのベクトルから明らかにしていただく。木下康仁氏には、現代から近未来までを射程に入れた「高齢社会」という枠組みの中で、わが国の「老い」の文化の可能性をさぐっていただく。

 こうした流れを確認してみると、現状での「老い」の社会学研究の画一性は、ある特定の「老い」の社会的な位置づけや「老い」のイメージに依拠していることに、その原因があることが明らかになる。それを確認した上で、報告者と討論者およびフロアからの発言を交えて、「老い」についての社会学的な研究の多様な可能性を探っていきたい。

第1報告

前近代社会における「老い」の評価
――社会史によるアプローチ

新村 拓 (京都府立医科大学)

 「老い」の時期を決める尺度にはいろいろなものがあるが、年齢を尺度とした場合、前近代社会では40歳を初老とし、60歳以後を老年期とみなしていた。平均寿命には時代差があるが、危険な乳幼児期を乗り越えた人の平均死亡年齢を見ると、古代から昭和の半ばまでおよそ60歳で推移している。したがって、老年期も短く介護を要するような状態になっても長期に及ぶ事は少なかった。

 当時の人びとの「老い」に対する見方は両義的であり、肉体的な衰え、精神活動面における硬直性や自閉性についてはマイナスと捉えられている。それに対して、蓄積された「老いの知」や「文化の伝承」には高い期待が寄せられており、また人と人との間や神(祖霊)と人との間の調整・仲介機能といったもの、あるいは将来を見通す力や呪力といったものには高い評価が与えられていた。

 しかし、後者のプラスイメージで捉えられる「老い」というものは、老年期を迎えれば誰にでも訪れるというようなものではなく、若いときの過ごし方いかんによると考えられている。プラスイメージの「老い」は、人生の年齢段階毎に設定されている課題の一つ一つをクリアしたものだけに与えられる性質のものであり、したがって、「老い」とは人格・円熟・老熟と同義語にみなされるものであった。

 この「老い」を獲得するには、長生きも不可欠な要件となっている。そこでは、健康の自己管理、養生が求められることになる。生を尽くさず死ぬことは、生を賦与してくれた天地・父母に対する最大の不忠・不孝となり、祖霊への仲間入りさえも拒否されるものとなっていた。

第2報告

「老い」のイメージの変容過程
――近代における反転の意味

和田 修一 (早稲田大)

 本報告では、「老いあるいは高齢者に対する社会認識」並びにそのことから帰結する「高齢者の社会的位置づけ」がわが国の近代化の歴史過程並びに戦後の経済構造の変化過程の中でどのように変化してきたかについて、そのいくつかの問題について論じてみたいと思う。その議論における基本的問題意識は、今日わが国が抱える高齢者問題はわが国独自の問題であるのか、あるいは(少なくとも)他の工業社会に共通して見られる性質のものであるのかを明らかにしたい、という点にある。換言すれば、今日のわが国が抱える高齢者問題の多くは、その発生因との関わりについて見るとき、(工業化による経済的豊かさの享受という側面を含めて)「近代社会」という社会類型の構造特性とわが国の文化的・歴史的制約というヴェクトルとしての性質を有するということである。たとえば、今日の経済生産の論理からすれば多くの高齢者が経済生産力としては周辺的な立場へと追いやられる、したがってややをもすれば社会的便益が剥奪されがちである、という傾向にあることは工業社会に共通して見受けられる傾向であろうが、職業からの引退プロセスに関わる制度の在り方並びに老後の生活設計に関するひとびとの意識という側面では、わが国固有のバリエーションが見出されるのである。

 以上の問題意識に基づいて本報告では、たとえば次のようなトピックスを取り上げて、論を進めていきたいと思う。(1) かつての官制家族主義イデオロギーのなかで形成された「親としての」高齢者イメージ、(2) 経済成長と「定年退職者」というイメージ、(3) 福祉国家思想・施策のなかで広まった 福祉権利者 としての高齢者イメージ、(4) 経済の低成長状況における「自立した高齢者(老後生活)」イメージ、(5) 大衆長寿社会における「寝たきり老人」というイメージ、等々。

第3報告

「老い」の文化
――逆説からの創造

木下 康仁 (立教大学)

 高齢者と呼ばれる人々はかつてない規模で存在しているにもかかわらず、老いの意味はむしろ理解しにくくなっているところに高齢社会の逆説がある。本来は連続的プロセスである老いが自立期と要介護期のように社会的に分極化され、後者を中心に老いの否定的な意味が強調されてきているように思われる。しかし、この分極化を再統合し、高齢社会に特徴的な老いの意味を明らかにしていく必要があろう。

 本報告では、高齢者の理解と老いの意味の理解とを別個の作業と考え、その上で両者の統合への視座を提示したい。準拠点を分けて接近するという試みであり、前者は高齢者と呼ばれる人々の生活実態や意識特性などを明らかにしていくことで、サブカルチャーとしての老人文化の研究である。この関連で参考になるのがアメリカ老年社会学におけるagingの概念とその意識面を指した概念であるageless selfであろう。高齢であってもそれを制約、抑制要因としない、年齢差別から解放された活動的な高齢者像である。

 これに対し、後者は準拠点を全体社会におき、老いた人間、とくにケアを必要とする老衰状態の存在に対する社会の側からの意味賦与の問題である。ケアに関わる問題はこれまで福祉、医療的理解に委ねられる傾向があったが、この課題に向けて社会学が果たしうる役割は大きいと考える。一例を挙げれば老いと親密性の問題である。あるいは、ageless selfに対して、老衰する自己、死せる自己という視点が考えられる。

 老いを連続的プロセスとして理解するためには、焦点を高齢者個人から関係へ、関係からコミュニティへ、そして、そこから再び個人へと柔軟に移動することが必要である。民俗学の知見と、本報告者が関わっている町田市における事例を紹介する。高齢住民をひとつのstatusと捉え様々なrolesの可能性を検討することにより、roleless roleの概念に変わりうる視座の提示を試みる。

報告概要

池岡 義孝 (早稲田大学)

 現在、わが国の「老年社会学」の成果について、いくつかの総括的検討がなされてきている。それらは、期せずして批判的な検討であることを共通の特徴としている。「老年社会学」は、高齢化社会という時代の大きな趨勢の中で、社会から要請される研究課題を引き受け一定の成果を挙げてきたが、しかしいま、それへの批判的な総括が相次いでいるという事実は、研究課題と研究手法の画一性が強まり、それらにもとづく研究が一定の飽和状態に達し、その障壁を突破する改変を必要としていることの現れだとみることができる。

 本テーマ部会も、こうした認識を共有し、前近代ー近代ー現代という歴史的視座から「老い」に関する社会学的アプローチの多様な可能性を探ろうとした。新村拓氏は、前近代社会の「老い」が「老いの知」として高く評価され、社会は「老い」の肉体的・精神的衰退の側面も個性として受容し、「老い」と共生してきたことを明らかにした。和田修一氏は、近代化・産業化によって一般的には経済効率の基準からネガティブなものに反転する「老い」が、日本的パターナリズムのイデオロギーによって理念的には一定の評価を保持し、それが戦後の福祉型国家の採用によって現代的な変貌を遂げるという過程を明らかにした。木下康仁氏は、高齢社会における「老い」の文化創造の可能性を、活動的な高齢者による老人文化だけにではなく、それと要介護者に対する社会の側からの意味賦与との統合に求め、地域社会における実践的な統合の事例を紹介した。さらに討論者の川崎賢一氏からは、サブカルチャーとしての老年文化の成立、世代間交流の歴史的変化などについて、同じく藤崎宏子氏からは、高齢者のアイデンティティやケアの意味づけなどの軸を時間軸と交差させて報告者の論点を整理した上で、それらを深化させる問題提起がなされた。

 今回は、歴史・文化・制度等、マクロな観点からの「老い」の研究の問い直しが主として議論されたが、「老い」の社会的イメージの文化的位相や歴史的変遷を正しく踏まえることと並んで、世代および階級・階層という視点や政治権力というファクターの重要性が改めて喚起されたことが、今後の研究の方向性を示唆するものと思われる。

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