HOME > 年次大会 > 第38回大会(報告要旨・報告概要) > テーマ部会 III
年次大会
大会報告:第38回大会 (報告要旨・報告概要:テーマ部会 III)

 テーマ部会III 「現実から理論へ」 −モダニティを問い直す−
 6/24 14:00〜17:30 [5号館505教室]

司 会:舩橋 晴俊
討論者:寺田 良一・立岩 真也

部会趣旨 舩橋 晴俊
第1報告: 環境−社会システム論の構想 井上 孝夫 (法政大学)
第2報告: 対抗的社会運動の中の優生思想
−ルサンチマン論の視角から−
井上 芳保 (茨城大学)
第3報告: 二つのフェミニズム 吉澤 夏子

報告概要 舩橋 晴俊 (法政大学)
部会趣旨

舩橋 晴俊

 今年度の理論部会では「現実から理論−モダニティを問い直す−」という共通タイトルのもとに、井上芳保氏「対抗的社会運動の中の優勢思想−ルサンチマン論の視角から−」、吉澤夏子氏 「二つのフェミニズム」、井上孝夫氏「環境−社会システム論の構想」という三報告が行われる。本部会は、理論研究の源泉としては学説史的検討と同時に現実の具体的問題の研究が不可欠であるという方法論的選択と、「モダニティを問い直す」という主題についての選択にもとづいて企画された。三つの報告は、それぞれ障害者問題、女性問題、環境問題と密接な対応関係を持つが、各報告は一つの問題に閉塞するものではなく、相互に浸透し、これら以外の他の諸問題への広がりをも持つものである。近代の社会システムの在り方を批判的に把握するために戦略的な視座を提供するこれらの問題を手がかりとして、モダニティの抱える問題性を検討していきたい。

第1報告

環境−社会システム論の構想

井上 孝夫 (法政大学)

 私は現代日本社会における開発−環境問題について実態調査を行っている。そこから得られる社会理論上の含意として、次の点を指摘したい。

 環境と社会とのあいだの相互関係を捉えるために、環境−社会システムを設定したい。このシステムは、(1)自然主体の生態系、(2)人間主体の生態系、(3)情報系から構成される。「文明」とは(1)に対する(2)の優位性の拡大であったが、現代は(3)の発達(情報資本制の成立)によって、全地球的規模に開発行為が及び、様々な環境問題を引き起こしている。

 では、この事態をどのように捉えるべきか。その説明の一例を挙げてみよう。まず現代社会は開発(自然破壊)によって雇用を生み出し、社会統合をはかる社会だということを確認しておこう。その過程で「土建国家」が形成されてきたのであった。しかしいまや(3)の発達によって、自然の商品化がより一層すすみ、俄かに「リゾート開発」が活発になってきた。私はこの段階を「流通−土建国家」の成立と命名したい。現代における開発と環境をめぐる社会的対立は、この流通−土建のメカニズムに乗って開発をすすめようとする側とそれを対自化して克服していこうとする側との対抗ということができる。そしてこのように捉えることによって少なくとも、環境破壊の社会的メカニズムとそれを克服する環境保全運動の論理とを導くことが可能となるだろう。

第2報告

対抗的社会運動の中の優生思想
−ルサンチマン論の視角から−

井上 芳保 (茨城大学)

 いかなる社会であれ資源の稀少性の制約がある限り、競争は何らかの形で存在するが、モダンという社会システムではそれが敗北の責任を個人に帰属させ「結果の不平等」を正当化する機能を有した制度として多用されるため人間に敵対するものとなりがちである。市場経済と官僚制の複合システムによる生活世界の植民地化が容赦なく進展する現代日本社会はまさしく競争社会であり、その外部不経済として産出される敗者の醜悪な感情の処理装置の需要は増大している。否定的な情動現象を誘発する情報群の操作によるソフトな管理社会化の進行こそ心の時代、生涯学習の時代の本質に他ならない。対抗文化が次々と全体文化の中に吸収されていく事態もこうした脈絡で把握できる。「自然」「やさしさ」「感性」「女性」etc.モダニティの外部に位置する諸価値を復権させようとする対抗的 社会運動の分析にもかつてアドルノが楽師音楽の中にルサンチマン型聴取者を見い出したのと同様の視角が必要となる所以である。一部の自然食普及運動やことさら母性に訴える形の反原発運動で奇形児の生まれる危険性が強調されたり、「障害者」や老人を排除しようとする迷惑施設反対の住民運動が成立したり、或いは昨今の美人コンテスト批判の一部の潮流において競争の一切を差別であるとして否定し去る言説が出現するといった事例について「優生思想」概念を操作的に用いながら知の救済材としての消費形態という観点から考察する。

第3報告

二つのフェミニズム

吉澤 夏子

 フェミニズムの思想の全体は、二つの対照的な潮流を両極においた、諸潮流の複雑な絡まりあいとして描き出すことができる。一方には、フェミニズム思想の本流として、「男なみの平等」を求める「平等」志向が存在する。他方では、むしろ男性と女性の異質性を強調する「差異」志向が、無視しえない有力な傍流を形成している。

 しかしながら、差別もろとも区別を撤廃する、というような徹底した「平等」志向も、男を排斥し女だけのユートピアを建設する、というような「差異」を強調する方向性も、ともに、広義の平等を徹底して最終局面まで追求したことによって出現する可能性なのである。言い換えれば、基底的な平等への志向性には、単純な狭義の「平等」志向と裏返しの「差異」志向へと分裂していく、内的な必然性が孕まれているのだ。

 フェミニズムは、人間の平等についての理念の上に立脚しているという点で、すぐれて近代の思想だといえる。フェミニズムの中に生じた分裂は、近代とその変容を基礎づけているリアリティが、不可避に追い込まれていく地点を指し示しているといえるだろう。この報告では、「二つのフェミニズム」という構成が、近代社会の成立とその変容という文脈の中で、いかに仕掛けられているのか、という視点から、フェミニズムが強いられている困難な状況に焦点をあわせる。

報告概要

舩橋 晴俊 (法政大学)

 社会理論部会では、理論形成の根拠を現実の具体的問題に求めようという方向づけの上に、テーマとして「モダニティを問い直す」を設定し、三つの報告が行われた。

 第一報告、井上孝夫「環境‐社会システム論の構造」では、森林生態系の破壊問題を中心事例としながら、今日の開発‐経済成長型社会システムが、環境問題を引き起こしていくメカニズムが検討された。社会と生態系の関係が、原生的生態系、農業生態系、都市生態系、情報系のもとでどのように変質してきたか、環境危機の回避のためには定常型環境‐社会システムの形成が必要であり、経済・社会活動の「持続可能性」という環境倫理が要請されることが説かれた。第二報告、井上芳保「対抗的社会運動の中の優生思想」においては、モダニティの基本特質の把握の上、モダニティがルサンチマンと差別意識の培養システムとして機能すること、そして、パリア無力型、パリア力作型という人間類型を産出しやすいこと、それを背景に、モダンの社会システムに適合したイデオロギーとしての優生思想が、対抗的社会運動の中にも、一見みえにくい形で出現することが、論じられた。第三報告、吉澤夏子「二つのフェミニズム」は、今日のフェミニズムの思想と運動には「平等」志向と「差異」志向という二つの対照的、対抗的潮流が両極として存在すること、しかし、この両潮流が出現する根底には、近代社会に含まれる基本的矛盾が見いだされること、すなわち近代社会の原規範である平等の理念は、その成立のために差異を必要とするが、同時に差異そのものの還元でもあることが主張された。

 これに対し、討論の過程で、近代社会とモダニティとを区別すべきこと、環境保護のための定常経済と国際的格差解消はどう両立しうるのか、運動の盲点をルサンチマン論で突いて行く時そこにどういうメリットがあるのか、等、さまざまな意見が出された。問題の大きさからいって、論点の集約には、論議の蓄積がさらに必要とされよう。

▲このページのトップへ