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年次大会
大会報告:第45回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第1部会)

 第1部会  6/15 10:00〜12:30 [本館1305教室]

司会:梶田 孝道 (一橋大学)
1. 「デカセギ」の中の子どもたち 高橋 幸恵 (一橋大学)
2. 在日日系人子弟のアイデンティティの変容 コガ,エウニセ アケミ イシカワ
(日本学術振興会)
3. 呼称から考える「アイヌ民族」と「日本人」の関係 東村 岳史 (名古屋大学)
4. アルザス地方における言語教育運動の特質 中力 えり (お茶の水女子大学)
5. モダニズムとしての農本主義(Japanese Agricultural Fundamentalism)
――「国民国家」論の視点から――
船戸 修一 (東京大学)

報告概要 梶田 孝道 (一橋大学)
第1報告

「デカセギ」の中の子どもたち

高橋 幸恵 (一橋大学)

 本報告では、日本に滞在する日系外国人労働者の子どもたちが抱えている困難と課題を、教員・父母・子どもという三者の現実認識から探り出し、彼らに固有で内的な問題構造を明らかにすることを目的とする。日本の公教育の学校現場のみならず、日系外国人労働者家族の生活世界にも焦点をあて、教員・父母・子どもはどのように現実を認識しているのか、そしてそれらの現実認識はどのような過程を経て形成されたのかを明らかにしようと試みる。彼らの困難と課題についての説明枠組みとして、学校文化論、階層論、エスニック・アイデンティティに関する議論に依拠しながらも、更に「デカセギ」という概念を導入することによって、より彼らの生活現実に即した彼らの困難と課題の性格を、全体として明らかにする。

 日系外国人労働者の子どもたちの背負っている生活に着目すると、「デカセギ」という滞在の性格に大きく規定されていることがわかる。まず、教育の見通しが不安定であるという点では、自らの滞在を一時的なものとする「デカセギ」意識によって教育の見通しが不安定になったり、いずれは帰国するという意識と滞在の長期化という実際の行動とのずれによって困難の一側面を説明しうる。また、見通し実現のための具体的な取り組みが実施できないでいるという点については、労働条件をはじめとした生活困難が背景にあることがわかった。このような「デカセギ」のもつ性格と学校文化の日本的な側面との双方によって、日系外国人労働者の子どもたちの困難と課題について考察する。

第2報告

在日日系人子弟のアイデンティティの変容

コガ,エウニセ アケミ イシカワ (日本学術振興会)

 日系ブラジル人の日本への出稼ぎは、ブームとなった1990年を挟んで依然継続しており、現在来日しているブラジル国籍者は18万人を超える。そしてそのほとんどが日系人と推定される。

 成人日系人の場合、ブラジル−日本間を移動し、それぞれの社会で生活をするときに、そのおかれた環境、言葉、習慣、仕事内容の違いなど、直面する様々な障害を乗り越えなければならない。そうしたなかで日系ブラジル人としてのアイデンティティの再形成(再評価)が見て取れる。今までの研究では成人が対象であった。そこで本報告では、親に日本へ連れて来られた日系人子弟を対象に行った直接面接調査をもとに、彼らのアイデンティティの変容を分析することとした。

 現在までの筆者の研究は、ブラジルで生まれ育った日系人が成人してから来日した場合及びブラジルと日本の環境を行き来する間にみられる「日系人」としてアイデンティティの変容を分析してきた。今回の調査研究対象は在日日系人の子弟である。日系人子弟を分析した際、成人のアイデンティティの変容と比較すると、子弟の方がブラジルにたいする帰属意識が形成されていない段階で来日していることによって、短い期間でのアイデンティティの変容がみられるのではないだろうか。子供の方が言語を習熟するのが早く、日本の習慣に適応するのも容易である。しかしながら、彼らは日本の学校に通う一方で家庭においてはブラジルの言葉や習慣が維持されている環境にある。この場合、日本という社会の中で日系人子弟はどのように日本とブラジルの習慣の違いを両立させているのだろうか。今回は、彼らの日系人としてのアイデンティティが維持されているかどうかに注目し、彼らがおかれている状況とその問題点を整理・分析、考察を加える。

第3報告

呼称から考える「アイヌ民族」と「日本人」の関係

東村 岳史 (名古屋大学)

 「アイヌ民族」と「日本人」にまつわる呼称はそれぞれひとつに統一されておらず、しばしば混乱した使用例も見かけられる。「アイヌ民族」に関していえば、「同化政策」下で「アイヌ」に侮蔑的な響きが込められたため、個々のアイヌ自身が「アイヌ」と呼ばれることを回避しようとしたり、「アイヌ協会」も「ウタリ協会」に名称変更した経緯がある。行政用語としては、「旧土人」(1870年代〜)、「アイヌ系住民」(1960年代)、「ウタリ」(1970年代)などが用いられ、また最近数は少ないものの「ウタリ」を冠した研究事例も現われる、といった状況である。  本報告では、「アイヌ民族」と「日本人」が非対称な関係に置かれていることを確認した上で、呼称の成立・変容の過程を二つの集団間の「名付け」と「名乗り」の相互作用として理論化し、呼称の含意や影響力について考察してみたい。本来であれば「日本人」の呼称も同時に俎上に乗せられるべきであるが、今回は「アイヌ民族」に関する呼称にしぼって検討する予定である。

第4報告

アルザス地方における言語教育運動の特質

中力 えり (お茶の水女子大学)

 本報告は、アルザスで展開されている言語教育運動の特質を明らかにし、その背景について考察することを目的とする。

 フランス北東部のアルザス地方では、第二次大戦後、フランス語普及のための一時的な措置として小学校でのドイツ語教育が禁止された後、その復活を求めた働き掛けは度々行われ、住民の側もこうした運動を支持していることが様々な調査で明らかにされてきた。初等教育におけるドイツ語教育は再び徐々に導入されていったものの、その成果ははかばかしくなかった。戦後アルザスにおけるドイツ語教育の転機は、1990年に、フランス語とドイツ語の両言語を等分に使う真のバイリンガル教育を幼稚園の一年目から行うよう要求が出されたことによって訪れた。父母の団体によって牽引されてきたバイリンガル教育を求める運動は、徐々に広がりを見せ始めている。

 しかし、昨今盛り上がりを見せている言語教育運動は、それをとりまく言語状況や社会経済的状況の変化を考慮に入れると、以前とは質の違うものであると言えるだろう。では、言語教育運動を支えている人々の動機と目的はどこにあるのだろうか。アルザス語、「地域語」の定義をめぐる諸問題も含め、バイリンガル学級にその子どもを通わせている父母に対して行った調査の結果を中心に報告する。

第5報告

モダニズムとしての農本主義(Japanese Agricultural Fundamentalism)
――「国民国家」論の視点から――

船戸 修一 (東京大学)

 日本の「近代」、特に1920代から戦時期において、「農本主義(Japanese Agricultural Fundamentalism)」が注目を浴びたことは歴史的な事実である。そこで、今まで農本主義は、地主制を擁護する「封建的(前近代的)」思想、あるいは工業化が進展した過程で“農本”を説いた点で「非合理的」「逸脱」した思想として位置づけられてきた。すなわち、農本主義は近代日本の未成熟な実像として語られてきたのである。

 ところが、農本主義は「地主」の立場を擁護していたのではなく、むしろ地主制を否定し、「自作農」を創設することを目指した思想として読み解けるのである。 本報告では、1920年代の代表的な農本主義者として「権藤成卿」(1868〜1937年)、1930年代のそれとして「加藤完治」(1884〜1967年)を採り挙げ、農本主義が農村社会の平等化―地主制の否定=自作農の創設―を企図していた点において、農民を国民国家の一員として統合するという「近代的」な性格を有していたことを説明する。

報告概要

梶田 孝道 (一橋大学)

 本部会では、五つの報告がなされたが、総じていえば、エスニシティないしナショナリズム関連のテーマについての若い研究者たちの意欲的な問題提起であり、会場には、やはり若手の研究者が数多くみられ、熱心な議論が展開された。はじめの二つの報告は、いずれも移民関係の報告であった。高橋幸恵「『デカセギ』の中の子どもたち」、エウニセ・アケミ・イシカワ・コガ「在日日系人子弟のアイデンティティの変容」は、いずれも日系人の子どもたちについての調査に基づいてなされた報告である。高橋報告は、大泉での独自の調査し依拠し、学校文化論、階層論、エスニック・アイデンティティに関する議論に加え「デカセギ」という概念を導入することによって、大人とは異なって子どもが直面している教育的困難について分析した。コガ報告は、文化資本論等に依拠して、「日本人」としての文化資本、「ブラジル人」としての文化資本に着目し、ブラジル人成人とブラジル人子弟の違いについて分析し、その結果として起こる家庭内での習慣や意識のズレとブラジル人子弟が直面している問題を明らかにした。続く三つの報告は、いずれも民族ないしナショナリズムに関わるものであった。東村岳史「呼称から考える『アイヌ民族』と『日本人』の関係」は、「アイヌ民族」と「日本人」との非対称な関係を確認したうえで、呼称の成立と変容の過程を二つの集団間の「名付け」と「名乗り」の相互作用として理論化し、呼称の含意や影響力について考察した。中力えり「アルザス地方における言語教育運動の特質」は、近年のフランスにおける地域語・外国語の導入・容認のもとに、アルザスにおいて、フランス語とドイツ語とのバイリンガル教育が要求され実現されているという新事態に着目し、その動機と目的について考察した。そこではヨーロッパ統合の影響、道具主義的な言語使用、エリート主義的な側面等が指摘された。船戸修一「モダニズムとしての農本主義― 『国民国家』論の視点から」は、代表的な日本のナショナリズム思想である「農本主義」を素材としてとりあげ、1920年代の権籐成卿と1930年代の加藤完治の思想を検討し、これらの思想が、これまで地主制を擁護する「封建的」思想とみなされてきたことの一面性を指摘し、これらの思想が、むしろ農村社会の平準化を主張するという意味で、農民を国民国家の一員として統合するという「近代的」側面も有していた点を強調した。全体として、テーマの隣接性と若手研究者による意欲的な報告ということもあって、会場からも多くの質問やコメントが寄せられ、活気ある部会となった。

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