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年次大会
大会報告:第50回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第2部会)

第2部会:農山村・伝統  6/1 10:30〜13:00 [社会学部A棟402教室]

司会:新津 晃一 (国際基督教大学)
1. 生活戦略としての移動:
タイ東北部農村のケースから
渡部 厚志 (慶應義塾大学)
2. 戦前期における農村青年の生活世界
−『吉田新一日記』の分析を通じて−
高田 知和 (早稲田大学)
3. 現代の葬儀にみる家継承規範の現状
−富山市を事例として−
玉川 貴子 (専修大学)

報告概要 新津 晃一 (国際基督教大学)
第1報告

生活戦略としての移動:
タイ東北部農村のケースから

渡部 厚志 (慶應義塾大学)

 本発表では、タイ東北部農村からの国内外への移動労働者をとりあげ、タイ政府の開発政策における「移動労働」の位置付けと、移動する人々の認識との食い違いを明らかにし、人々が次の生活を創りだしていく姿を明らかにする。分析対象は、タイ政府の国家経済社会開発計画(NESDP)および、タイ・コンケン県の農村部での移動労働者と家族に対するインタビューの結果とする。

 まず、タイ政府の移動労働者に対する政策方針を分析する。政府の開発計画において、国内移動と国外移動は全く別の原理の、しかしどちらも個人の決断であると考えられた。具体的には、国内移動は抑制すべき政策対象として、国外移動は奨励すべき政策手段として扱われてきた。次に、こうした政府の見方に対する理論面での反論を行う。世界規模の労働供給システムに取り込まれた人々が「動かされる」という理論からは、動を単に個人の決断とする視点は否定されるだろう。最後に、タイ政府の国内移動抑制政策/国外移動奨励政策にもかかわらず移動労働者が自身や家族の生活のためにとる戦略を、インタビューの結果から考察する。移動する人や家族は、自分達の次の生活を作る戦略として移動を位置付けているという視点から、希望される生活の内容について分析を行う。また、人々に生活の変化への希望と必要性を植え付ける要因として、移動経験者や仲介者たちの伝える情報と、政府の農村開発政策の影響に着目する。

第2報告

戦前期における農村青年の生活世界
−『吉田新一日記』の分析を通じて−

高田 知和 (早稲田大学)

 1930年代から40年代にかけての農村社会分析はこれまで枚挙にいとまがない。そこでは社会学による同時代的な研究も、また専ら歴史的関心に基づく歴史学の研究も多数あった。本報告は、この時代の農村社会分析を対象にするが、特にここでは、政治・経済史や統合論的なものではなく、実際に農村で生活していた人びとが日常的に付けていた「日記」を用いて、その生活世界を考えていこうというものである。日記というパーソナル・ドキュメントは研究対象とするに値するすぐれて利用価値の高い資料と思われる。とりわけここでは茨城県稲敷郡内の農村で1930年代から40年代にかけて継続して日記を付けていた農村青年にせまっていく。この青年は1915年生まれで、義務教育を了えた後自家農業に従事し、やがて産業組合(後の農協)に書記として就職する。この間一貫して農村に在住しており、応召・復員の後は戦後もまた農村で在住しつづけた。本報告は彼の日記を用いて、戦時下の農村青年の生活世界が反戦・非戦・国民統合といったような単線的な理解では不充分であり、幾多の矛盾を含んだ葛藤から成り立っているものであることを指摘する。その際、一個人が私的につけていた日記という史料の限界をも踏まえた上で、戦前期の一つの生活世界像を提示することを目指すものである。

第3報告

現代の葬儀にみる家継承規範の現状
−富山市を事例として−

玉川 貴子 (専修大学)

 本報告は、富山市を事例として、家業相続のない人々の「家」継承規範の現状を明らかにすることを目的としている。筆者は、家業相続のない人々の家継承規範を探る方法として葬儀における喪主と執行の役割に着目した。

 伝統的な葬儀における喪主は、家の継承者が就くものであった。継承者の多くは直系の長男であり、このことは葬儀執行を取り仕切っていた地域社会にも承認されていた。そこで、坪内玲子の調査方法を踏襲して富山県で発行されている富山新聞から喪主における故人との続き柄を調査した。坪内の調査では、妻が喪主になる割合が年々増加し、長男が喪主に就く割合は減少していることが明らかにされており、これを坪内は「夫婦中心主義の進行」と解釈した。富山新聞の1984年から1999年までの喪主を調べた結果、近年になるにしたがって長男が喪主に就く割合が上昇していることがわかった。この現象を坪内仮説に沿って解釈するならば、家中心主義が維持、もしくは強化されているということになる。

 しかし、この解釈は留保されねばならない。というのも、家継承規範が現在においても人々を拘束しているならば、喪主以外の他の役割も伝統的な葬儀と変わらない、つまり、喪主を承認する主体が変化していないということが立証されねばならないからである。この点を確認するために事例調査を行い、筆者がたてた三つの役割類型にそって執行に関わる人々を分析した。その結果、喪主以外の役割では伝統的な葬儀と違って、遺族がかなり関わっていることが明らかにされた。家継承規範は、名目的な規範――儀礼的に長男が喪主に就くということ――としては存続しているものの、人々を拘束する力は実質的に低下していると考えられる。

報告概要

新津 晃一 (国際基督教大学)

 第1報告者、渡部厚志氏は「生活戦略としての移動:タイ東北部農村のケースから」と題する研究発表を行った。この研究ではまずタイ国政府の開発政策における国内移動と国外移動について基本的認識の違いを明確化し、前者は否定的に捉えられているのに対し、後者は肯定的に位置付けけられていることを明らかにしている。その結果、前者においては抑制策、後者については奨励策が採られているとのべる。報告者はこのような基本的認識の妥当性について関連諸資料及び、3つの農村におけるフィールドリサーチから明らかにしようとしている。興味深い研究視点ではあるが、政府の基本的認識についてあまりにも単純化し過ぎている点が気になる。

 第2報告者、高田知和氏は「戦前期における農村青年の生活世界−『吉田新一日記』の分析を通じて−」と題するライフドキュメントをもちいた研究を報告された。農村青年のジレンマや意識の変化などが生き生きと報告されたが、これまで語られてきた農村青年像の解明にこの研究がどのような点で貢献しているのかについて必ずしも明確ではなかったように思われる。

 第3報告は玉川貴子氏による「現代の葬儀に見る家系継承規範の現状−富山市を事例として−」であった。この研究は家業相続のない人々の家継承規範を明らかにすることをねらいとし、葬儀における喪主と執行者の役割変化に着目する。まず富山新聞の死亡記事から長男が喪主につく傾向が近年増えていることを見出す。なぜこのような傾向になるのかを理解するため、先行研究を批判的に検討すると同時に富山市内における2つの家の葬儀に関する事例研究をおこなっている。その結果、長男が喪主になる傾向と共に、葬儀の執行主催者が居住地域の有力な家の主人から喪主や遺族になる傾向を見出し、家継承規範が名目的な規範へと変化していると解釈している。ただし2件の家の事例研究にもとづく結論としてはかなり限界があるように思われる。

 その他,この部会ではもう1件のタイ北部山地民の研究報告が予定されていたが、報告者の都合により辞退されたのは残念であった。

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