HOME > 年次大会 > 第50回大会(報告要旨・報告概要) > 自由報告 第7部会
年次大会
大会報告:第50回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第7部会)

第7部会:物語と体験の<語り>  6/2 10:30〜13:00 [社会学部A棟401教室]

司会:浅野 智彦 (東京学芸大学)
1. ライフイベント研究の可能性と課題
−語られたことと語られなかったこととの間−
高橋 正樹 (東京大学)
2. 悲嘆作業に関する物語論的考察 鷹田 佳典 (法政大学)
3. 自死遺児家庭における死別体験の諸相 遠藤 惠子 (城西国際大学)
4. メディアとしての(無)教会
−内村鑑三と<紙上の教会>−
赤江 達也 (筑波大学)

報告概要 浅野 智彦 (東京学芸大学)
第1報告

ライフイベント研究の可能性と課題
−語られたことと語られなかったこととの間−

高橋 正樹 (東京大学)

 「個人」を研究対象にするにあたり、人生における出来事の経験の重みをどう理解し、どうとらえるか、は一つの重要な課題である。人は、人生の各段階でさまざまな出来事に遭遇する。それへの対処を含めた人生経験が、その人の属性や置かれた環境のみならず、人生における行動様式を形作って行く。特に、困難な状況下への対処は、そうした人生経験の役割は大きいだろう。こうした人生をとらえるアプローチは大きく二つに分けられる。調査時点におけるその人自身の出来事経験への主観に焦点をあてるものと、客観的に把握可能な出来事経験の有無や配列などにこだわる方向とである。本報告では、この両者に共通する出来事経験をとらえるアプローチとして、ライフイベント研究をとりあげ、その手法としての可能性と課題とを考える。ライフイベント研究は、近年心理学を中心に注目され、心的状態に影響を与える要因としての出来事経験を、分析の視野に取り込むことを試みている。その中で出来事経験の把握の客観性をはかることがひとつの課題となっている。本報告では実際の調査データに基づき、主観的な要素をとりこむかたちのライフイベント研究の可能性を考察する。一方で、個別の人生経験を調査することの限界が一般的に論じられ、大きな課題となっている。具体的な調査データに基づき、どこまでこの「語られない」ことの把握ができるか、を考察する。

第2報告

悲嘆作業に関する物語論的考察

鷹田 佳典 (法政大学)

 死別や悲嘆作業に関しては様々な議論がなされているが、我々はその今日的な状況というものを、「語り/物語」を一つの起点として描き出すことが可能である。これまで、死別問題は主に精神医学的観点から論じられてきたが、そこでは、死別経験者が自らの感情や気持ちを抑圧したりせず、素直に表出することが、死別の悲しみを受容するための不可欠な作業として位置づけられている。このように、死別経験者に対して積極的に「体験の語り」が促されるのは、それが悲嘆に対して効果的であるにもかかわらず、現代社会では、死別の悲しみを表出することが非常に困難な試みとして生起しているからである。こうした状況にあって、多くの死別経験者が、お互いに支え合う「セルフヘルプ・グループ」に新たな理解の場を求めている。そこでは、参加者同士による「体験の語り合い」が主要な活動となっている。

 以上のことからも明らかなように、今日の死別問題を考察する上で、「語り/物語」は言及せざるをえない重要な論点を形成している。今回の報告では、悲嘆作業という一連のプロセスにおいて、「語り/物語」がどのような役割を果たしているのかという問題を、自己を物語構成のプロセス/帰結として捉える物語論の視点から考察していきたい。その際、子供を亡くされた方々へのインタビュー調査のデータをもとに、「自己物語の再構築」がいかなる試みであるかを検討することが、本報告の主題となる。

第3報告

自死遺児家庭における死別体験の諸相

遠藤 惠子 (城西国際大学)

 自死遺児家庭とは、自殺で親を亡くした子どもとその家族をいう。自死遺児の呼称は、病気や災害で親を亡くした子どもへの奨学金支援を行なう、あしなが育英会によって用いられている。自殺ではなく「自死」という言葉を用いるのは、その死が「意思に反して追いこまれた」ものという意味を強調するためである。全国における20歳未満の自死遺児総数は、1999年で約9万人と推計される。しかし、これらの自死遺児、およびその家庭が、どのような生活問題、心理的困難を抱えているか、いまだわからない点が多い。

 自死遺児のいくつかの自分史語りの報告、また自死遺児と遺された妻による文集から、つぎのことが確認される。自死遺児は親の自死にたいし強烈な心理的衝撃を受けたと語る。そして、その後の日常生活のなかで、亡くなった親について考えることを拒否したこと、あるいは後悔、自責感、恨み、不安、悲しみの気持ちをもち苦悩したことなどを語る。遺された配偶者も、子どもと同様の、しばしばそれ以上の心理的苦悩を抱える。このようなことから、遺された家族でその死の話題に触れないばあいがあり、苦悩や葛藤をひとりで抱えこむ者もいる。遺児たちによる自助活動との出会いは、自死遺児に体験や感情を共有する者がいることを気づかせ、親の死にたいする寛容、理解をうながすこともある。本報告では、自分史語り、文集、および同会の委託により行なった質問票調査にもとづき、自死遺児家庭における死別体験の諸相が具体的にどのようであるか、明らかにしたい。

第4報告

メディアとしての(無)教会
−内村鑑三と<紙上の教会>−

赤江 達也 (筑波大学)

 内村鑑三によって開始された無教会(主義)は、通常、自覚的な信仰者によって構成された「有資格者の集団=ゼクテ」の典型例と捉えられ、制度化し世俗と妥協した「教会=キルヘ」に対する批判としてのプロテスタンティズムの徹底化等と評価されてきた。だが、無教会とは、なによりもまず、雑誌の運動であった。実際、内村は1900年に雑誌『聖書之研究』の創刊によって伝道者としての活動を、1901年小冊子『無教会』の創刊とともに無教会を開始する。『無教会』の会員はその読者なのだが、会員は単に読み手であるだけでなく、「心の中=思想」を書き投稿する書き手でもあるとされた。つまり、『無教会』は、雑誌によって媒介された読み手=書き手たちの共同体――〈紙上の教会〉――であった。内村は、この無教会を「『教会』其物」とも規定しつつ、「建物」を媒介とする(通常の意味での)教会との「伝道の区域」の分担を提案し、信者/非信者の定義=境界を論じつづける。つまり、内村の「無教会」は、教会の単なる否定ではなく、無教会と同時に教会をもメディアと捉えることによって、〈何が教会か〉の定義をめぐる境界を攪乱しつつ、「『教会』其物」の現勢化を図ろうとする試みであった。その試みは、当初の目論見通りに成功したとは言い難いのだが、ともかくも数千単位の読者を獲得しつつ展開されていく。

 この報告では、雑誌の運動という水準に定位して無教会の展開を追尾しながら、明治後期の宗教文化やメディア文化の中に位置づけることで、当時のメディアと(宗教的)共同性をめぐる状況を照射するとともに、無教会の政治性とその成り行きを歴史的に把握する。

報告概要

浅野 智彦 (東京学芸大学)

 本部会は「物語と体験の<語り>」と題して二日目の午前中に行なわれた。
 高橋正樹さんによる第一報告では、目黒区で実施した中高年調査のデータを用いて、ライフイベントが当事者によってどのように意味付けられ、またその後の人生にどのような影響を及ぼしたのかが分析された。

 鷹田佳典さんによる第二報告では、子どもが小児ガンで亡くなったあるいは現在闘病中である親の会へのフィールドワーク・データを用いて、物語の再構築とは異なる形での悲嘆作業の可能性が検討された。

 遠藤恵子さんによる第三報告では、親が自死した子どもたちに実施した量的調査のデータを中心に据えて、同じ子どもたちによる文集やインタビューデータを併用しつつ「死の受け止め」体験の諸相とその変容が分析された。

 赤江達也さんによる第四報告では、内村鑑三が立ち上げた雑誌のあり方を検討することで、無教会運動における「紙上の教会」が独特の共同態を目指す交通機関/メディアであったことが示された。

 いずれの報告も出来事・関係・人生を物語や言説の秩序へと関連づけていく過程に照準したものであるといってよいだろう。これらの報告に対して、会場からも様々な質問が出され活発な議論が行なわれた。中でも、物語行為や言説が置かれている(埋め込まれている)社会的な文脈や位置づけをどう考えていくのかという問題は全報告者にとって今後の重要課題となるものであろう。

▲このページのトップへ