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年次大会
大会報告:第52回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第9部会)

第9部会:エスニシティ  6/20 10:00〜12:30 [120年記念館(9号館)7階978教室]

司会:広田 康生 (専修大学)
1. 滞日パキスタン人によるエスニック・ビジネス 福田 友子 (東京都立大学)
2. 植民地期朝鮮の結婚における「民族」 橋本 みゆき (立教大学)
3. 国際移民と社会的ネットワークの再編成
---社会的資本は越境するのか作り直されるのか---
樋口 直人 (徳島大学)
4. パリのスクオッターにおける移民の連帯形成
---エスニックな紐帯の切断と再生---
稲葉 奈々子 (茨城大学)

報告概要 広田 康生 (専修大学)
第1報告

滞日パキスタン人によるエスニック・ビジネス

福田 友子 (東京都立大学)

 滞日パキスタン人は、その人口規模を見れば大なエスニック集団とは言えない。他の移民エスニック集団と比較した場合、その特徴は(1)男性の比率が圧倒的に高いこと、(2)超過滞在者の割合が多いが、在留資格を安定化させるほとんど唯一の手段は、日本人(もしくは滞在資格を持つ外国人)との結婚であるということであろう。こうした背景もあり、日本人と結婚した滞日パキスタン人は年々増加している。また日本人と結婚した人の中からは、永住権を取得する人も増えている。日本国籍を取得(帰化)した人もでてきており、滞日パキスタン人も着々と「日本社会への定着化」傾向を見せていると言われている。

 このように日本人と結婚し、日本社会に安定した生活基盤を形成した人々の中から、エスニック・ビジネスを起業する人も出ている。なかでも中古車輸出業は、滞日パキスタン人自営業者の代表的な業種となっている。このような自営業者の蓄積は、エスニック・コミュニティ形成の度合いを測る指標の一つであり、「日本社会への定着化」をさらに裏付けるものとも考えられる。

 しかしながら、日本で生活基盤を築き、エスニック・ビジネスを起業し、永住資格を取得するなど「日本社会への定着化」傾向を示したからといって、将来的に日本に定住・永住するかどうかは別問題である。滞日パキスタン人にとって、人生の節目における選択肢は日本国内に限定されていない。ここでは、パキスタン人による日本出稼ぎの背景と実態、及びエスニックビジネスの形成過程について報告する。

第2報告

植民地期朝鮮の結婚における「民族」

橋本 みゆき (立教大学)

 36年間におよぶ日本の朝鮮統治期(1910〜45年)、朝鮮における朝鮮人と日本人の結婚は決して多くはなかった。「内鮮一体」スローガンのもと、総督府が「内鮮結婚」を奨励したにもかかわらず、1940年前後の年度末配偶数は法律婚と事実婚を合わせても2,500件程度という統計がある。「内鮮結婚」については、統治者側の抑圧的政策の問題に主たる関心が寄せられてきたが、一方で、植民地社会の行為者たちに着目した研究はほとんどなかった。本報告では、朝鮮人読者を対象する、当時の大衆総合雑誌記事を手がかりに、結婚言説の中に現れた「民族」の政治的側面を明らかにする。

 1920〜1930年代は、雑誌や新聞の検閲の下でも言論活動が活発化し、また、西洋思想が紹介されたり、旧習の枠からはみ出す恋愛・結婚を実践した「新女性」の出現により、自由恋愛・自由結婚が認知されるようになった時期である。例えば「異民族との結婚是非」という特集に、“恋愛結婚はけっこうだが政治的・経済的に不純な動機による選択は認め得ない、朝鮮民族の純潔のために避けるべき”、という主張がある(『三千里』、1931年)。こうした「民族」観は、民族を原初的なものと捉える立場を一歩踏み出すものである。植民地という政治状況、近代化など、「民族」と結婚をとりまく社会的諸条件を視野に入れる必要があるだろう。

 この報告は、今日の在日韓国・朝鮮人の若い世代の結婚に関する研究の一環である。今後、植民地期の結婚および「民族」と現在の配偶者選択の関係について、さらに検討を進める予定である。

第3報告

国際移民と社会的ネットワークの再編成
---社会的資本は越境するのか作り直されるのか---

樋口 直人 (徳島大学)

 移民研究のパラダイム転換は、「根こぎ」(the uprooted)から「移植」(the transplanted)へと180度異なる移民の社会的ネットワーク像をもたらした。移民の社会関係が解体され作り変えられるというかつての見方は、トランスナショナルな関係を維持し適応・社会移動を可能にする社会的ネットワークの強調へと変化する。しかし、そのような見方は社会的ネットワークを物神化し、「ネットワークが形成されている」という単調な結論を繰り返す、停滞した研究状況をもたらした。それに対して本報告では、ネットワークの再生産や再編成の実像を詳細にみることで、「国際移民と社会的ネットワーク」に関する別様の見方を提示したい。具体的には、在日ブラジル人によるエスニック・ビジネスのデータを用いる。国際移民と社会的ネットワークの関係を、「解体」「維持」「再編成」の3つの仮説に整理し、ビジネス開始に必要な社会的資本の供給源をみていく。その結果、解体仮説も維持仮説もこの事例では支持されず、再編成仮説が強く支持された。すなわち在日ブラジル人は、出身地での紐帯を維持した「姉妹コミュニティ」に安住できるわけではないし、解体され孤立化するわけでもなく、常に社会的ネットワークを再生産しかつ作り変えねばならない状況におかれる。報告当日は、このようなブラジル人の特質をもたらす要因と知見の一般化可能性も含めて議論する。

第4報告

パリのスクオッターにおける移民の連帯形成
---エスニックな紐帯の切断と再生---

稲葉 奈々子 (茨城大学)

 フランスにおける移民の住宅問題については、都市郊外の低家賃の公営住宅(HLM)への移民の集中の問題が多く議論されてきたが、フランスにおいて脱産業社会型の移民が都市中心に居住するようになった90年代の状況についてはほとんど紹介されてこなかった。

 本報告では、パリ市と近郊自治体の「住宅への権利運動」に参加するサブサハラおよび北アフリカ出身の移民に対する聞き取り調査に基づいて、まず、統計データの提示により、パリ市に脱産業社会型の移民現象が起きているという仮定のもとに、これらの移民の住宅環境を概観する。

 さらに、これらの移民が「住宅への権利運動」に参加するまでの過程を明らかにする。都市の中心部および近郊自治体に居住する少なからぬ移民は老朽化した建物を「不法に」占拠している。このスクオッター「入居」とそこでの「共同生活」およびその後の「住宅への権利運動」への参加にあたって、入居者たちはどのような制度によって結びつけられているのだろうか。

 スクオッターはエスニシティにもとづく共同体が介在する場合もあるが、ほとんどは入居にあたって形成された「連帯」である。むしろ移民することによって共同体から切断されているからこそ「連帯」が機能し、移民先の新しい環境で、脱産業社会が生み出したといえる新たな行為者が形成される過程を明らかにする。

報告概要

広田 康生 (専修大学)

 第9部会では、福田友子氏「滞日パキスタン人によるエスニック・ビジネス」、橋本みゆき氏「植民地期朝鮮の結婚における『民族』」、樋口直人氏「国際移民と社会的ネットワークの再編成―社会的資本は越境するのか作り直されるのか」、稲葉奈々子氏「パリのスクオッターにおける移民の連帯形成―エスニックな紐帯の切断と再生」の四本の報告が行われた。福田氏の報告は、滞日パキスタン人の中古車輸出業を中心とするエスニック・ビジネスに焦点をあわせ同ビジネスへの参入と展開の過程を追うことで、彼らのトランスナショナルな行為と地域社会への参入が同時進行している現実について考察したものであり、橋本氏の報告は、在日韓国・朝鮮人の日本人との間の「内鮮結婚」に焦点をあわせ、植民地宗主国日本との支配/被支配関係という歴史的要因が現在の「民族に関する社会意識」形成に影響を与えている現実について考察したものであった。樋口氏の報告は、エスニック・ビジネスにおける資源動員と社会関係の形成に焦点をあわせて、移民の社会的ネットワークの解体、維持、再編成を巡って複数の位相があり得る事実について論証しその決定のメカニズムの共時的・通時的な研究の必要性を主張したものであった。最後の稲葉氏の報告は、パリのサブサハラ系移民の「住宅権利運動」に焦点をあわせ、その過程を克明に描くことで移民のネットワークやエスニック・コミュニティの形成が出身国のそれの単純な再生ではなくむしろ新たに作り出されるものであることを論証した報告であった。どの報告も事例研究あるいは歴史資料に基づいた豊かな内容を持ったものであると感じた。

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