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年次大会
大会報告:第52回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第11部会)
第1報告

女性看護師が患者から受けるセクシュアル・ハラスメントを潜在化させる装置に関する研究
--- 「ホスピタル・セクシュアル・ハラスメント」概念構築に向けて---

室伏 圭子 (武蔵大学)

 女性看護師が患者から受けるセクシュアル・ハラスメントは現在社会問題になっていない。看護系雑誌の言説からは、看護現場において女性看護師が患者からセクシュアル・ハラスメント的行為を受けてもそれを社会問題化させない「装置」があることがうかがわれる。本報告では、そのような「装置」をさして「潜在化装置」と呼ぶことにしたい。そして、A.ホックシールドによる「感情労働」という概念枠組みによって、「潜在化装置」が作用する過程を明らかにする。

 女性看護師が患者から受けるセクシュアル・ハラスメントを「語りにくいこと」として潜在化させないためには、潜在化している状況を多元的に把握することが必要である。そのために、次のような「ホスピタル・セクシュアル・ハラスメント」という概念構築を提案したい。第一に、身体が接触する機会が多い環境で生ずるセクシュアル・ハラスメントを語りやすくする方向をめざすことが、「ホスピタル・セクシュアル・ハラスメント」概念構築には不可欠である。第二に、セクシュアル・ハラスメントをおこなったものを「加害者」とみなすだけでなく、おこなわれた行為自体を「ホスピタル・セクシュアル・ハラスメント」とみなすことによって、行為がおこなわれにくくなるような環境改善をめざすことが必要である。第三に、地位利用型セクシュアル・ハラスメント的側面を検討することが求められる。第四に、患者が身体を提示することの多い看護ケア場面で起こる「言葉によるセクシュアル・ハラスメント」および「身体顕示によるセクシュアル・ハラスメント」などの「ホスピタル・セクシュアル・ハラスメント」概念の検討もおこなわなければならない。

第2報告

ゲイ・スタディーズが問う批判的性的差異
--- ゲイ・スタディーズと現代日本における「おかま」の表象実践---

松村 竜也 (東京大学)

 ゲイ男性にとって、「男性」というジェンダーを引き受けた上で、異性愛男性からの差異を語ることは可能だろうか。私は本報告において、ゲイ・スタディーズにとってのジェンダーの問いを、以上のように焦点化しよう。現在の異性愛主義体制下において、「男性」とは常に異性愛男性である。だが、だからと言ってゲイ男性が男性でないと指摘すれば、「ゲイ男性」の位置を実際の社会性の外部へ放逐してしまうことになる。よって、現在のジェンダー/セクシュアリティ研究においては、ゲイ男性は男性であると同時に男性でないという他はない。これは、ポスト構造主義の影響を受けた先鋭的な諸研究においてもなお、「ゲイ男性」をいわば「非在」の位置へと貶める理論構成上の罠が存在することを示す。

 だが、男性という規範的位置をめぐるゲイ男性の二律背反的な関係を、それ自体が理論上の言説構築の結果として捉えることで、かえって批判的な問いの契機とすることもできる。本報告では、「ゲイ男性」を一旦理論的な措定(theoretical postulation)として捉え直し、その性位置が生じる理論上の亀裂を根拠に、現在のジェンダー/セクシュアリティ研究が抱え持つ異性愛主義に対しての批判を展開する。さらに、「ゲイ男性」という「非在」の性位置をより分節化して生産的に議論するためには何が必要なのか、そのとき開示される批判的な問題領域とはどのようなものか、フーコー以降のフロイト再読の可能性を通じて、ゲイ・スタディーズにとっての現代日本の「おかま」の表象実践を批判的に問題化する。

第3報告

「老人女性」をめぐるまなざし
--- ドイツ19世紀の百科事典・医学事典から---

原 葉子 (お茶の水女子大学)

 ドイツ19世紀に、社会的規範を担う領域のひとつであった医学は、「老人女性」をどのように位置づけていたか。本報告は、女性の「老年期」の生物学的な定義とされてきた「閉経」をめぐる医学言説から、「老人女性」の社会的位置づけを明らかにしていこうとするものである。

 19世紀前半の「老年期」定義は、全身の機能が同時進行的に衰退し60歳を開始時点とする男性型と、「閉経」によって徴付けられる女性型という二つの異なるモデルをもっていた。こうした定義づけは1850年前後に変容し、70年代にかけて「生殖能力の喪失」が「老年期」の特徴として大きく取り上げられるようになる。19世紀末になると「老年期」をめぐる事典の記述は衰退し、かわって「更年期」の項が増えていく。一方、「閉経した女性」のイメージも、19世紀中頃をもって変容した。世紀を通じて強調されたのは「女性性」の喪失や「男性型」への近似であるが、その記述は19世紀前半の二項対立思考様式やアナロジーによるものから、世紀末へ向かう過程で「科学的」な基盤を持つものへと変化していく。

 上記のようなプロセスを分析していく中で、19世紀ドイツの医学言説から見た「老人女性」は、「老人」「女性」という両カテゴリーから差異化される二重の逸脱の存在であり、またその差異化の構造は19世紀半ばを境として変化していったとことが結論付けられる。

報告概要

皆川 満寿美

 この部会では3つの報告が行われた。第1報告「女性看護師が患者から受けるセクシュアル・ハラスメントを潜在化させる装置に関する研究―仮説の提示」(室伏圭子・武蔵大学、サブタイトル改)では、女性看護師へのインタビューが検討され、病院という職場の特性看護労働の特色(感情労働)、(女性)看護師―(男性)患者という関係性などにより、患者からの加害がセクシュアル・ハラスメントとして認識されずに、被害が潜在化している可能性が主張された。第2報告「ゲイ・スタディーズが問う批判的性的差異―ゲイ・スタディーズと現代日本における『おかま』の表象実践」(松村竜也・東京大学)では、「男性であって男性でない」とみなされてしまうからこそ異性愛体制の中で重要な意味をもつという「ゲイ男性」の位置が、逆に異性愛体制そのものに亀裂を生じさせる可能性を孕むものであることを、フロイトの再読解を手がかりにしつつ、「おかま」にかかわる写真イメージにおいて読み解くことが試みられた。第3報告「『老人女性』をめぐるまなざし―ドイツ19世紀の百科事典・医学事典から」(原葉子・お茶の水女子大学)では、19〜20世紀初頭までのドイツ医学テキストの高齢者女性にかかわる記述を追い、「老人女性」が、それぞれ「閉経」を契機としつつ、まずは「老人」から、そして後には「女性」から差異化されて現れ、排除されていくそのありようが跡づけられた。参加者は多いとは言えなかったが、時間に余裕があったこともあり、その分丁寧なやりとりを行うことができて有意義だったと思う。

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