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研究例会
研究例会報告: 2003年度
2003年度 第1回

開催日程

テーマ: 社会学することと理論
担当理事: 井出 裕久(大正大学)、山田 真茂留(早稲田大学)
研究委員: 数土 直紀(学習院大学)、安川 一(一橋大学)、矢野 善郎(中央大学)
日 程: 2004年1月31日(土) 14:00〜18:00
場 所: 大正大学(巣鴨校舎)  2号館3階 231教室
報 告: ●神山 英紀(法政大学) 「「社会学における理論の可能性について――社会学徒の理論観とそれに基づく研究の紹介」
●杉浦 郁子(中央大学) 「社会学的なライフヒストリー研究と理論」
司 会: 安川 一(一橋大学)

研究例会報告

担当:安川 一(一橋大学)

 この研究部会の発端には、昨今の社会学の「理論」に関わるちょっとした危機感がありました。大きな物語(への関心)の希薄化ないし消滅、ミニ理論の割拠と蛸壷化、理論研究の“聖典”解釈学化、理論研究の現実離れ、等々、言い古された感のある事柄についてだけではありません。周囲の学生たちが理論を敬遠する(関心がない)、理論との格闘よりも現場や経験やデータ処理が重視される(人気がある)、異なる現場や経験やデータを扱う者どうし話ができない・・・考え始めてみると、“ちょっとした”どころかやっかいな危機状態にあるかもしれないと思い至るのでした。そのため、「社会学すること」において「理論」がどのような位置を占め、どのようなはたらきをしているか再考する、という目的のもとにこの部会は立ち上がりました。
 さて、このたびの最初の研究例会では、「理論」に対して相異なるスタンスをとっている(と想定された)お二人に話をうかがいました。

 神山英紀さんの報告(「社会学における理論の可能性について――社会学徒の理論観とそれに基づく研究の紹介」)では、理論は一般的概念によって構成される明晰な命題であって、複数の特殊事例に適用可能でかつその適用において真偽判定可能であるもの、と限定的に提示されました。社会学の「理論」と呼ばれているものにはこうした定義にあてはまらないものが多数あるわけでして、それらが神山さんの視点からどのように評価・批判されるか、そしてこうした視点から理論と目されるものが具体的にどのようなものでありうるか、ということが論点になります。後者については、神山さん自身の研究事例(「現代日本における『高福祉民営化』志向について――合理的選択理論のSPSC調査データへの適用」)が紹介され、合理的選択理論の説明力が検討されました。前者については、様々な「理論」はその説明(力)の成否をもって判断されるべきだ、というのが神山さんの所論だと思います。

 対する杉浦郁子さんの報告(「社会学的なライフヒストリー研究と理論」)では、理論はむしろ緩やかに提示されました。つまり、理論は人々の社会的な現実をよりよく理解するための導きの糸である、とされ、このことが、ある女装者のライフヒストリーについて杉浦さん自身が行なった記述の成立過程をふりかえることを通じて例示されました。ライフヒストリー記述の作業課題は、人々の社会的現実がどんなものとして(what)あるか、かついかにして(how)それとしてあるかを問い続け、それを「説明」していくことであり、この説明を支える実践的推論のリソース、あるいは手掛かりとなるものが理論である、そしてまた、そのようにして一度行なった記述を再考するに至らしめ、そうした再吟味の導き手となるのもまた理論(たとえばクイア理論)である、というのが、報告全体の主旨だったと思います。

 そもそも「社会学することと理論」という主題を抽象的に語り続けることは困難かもしれません。二人の報告者は、それぞれの具体的な研究作業のなかで理論(理論的なもの)が担っている事柄、成し遂げている事柄の一端を詳らかにしてくれました。フロアから発せられた質問や意見も、多くがお二人の個別研究に即したものでした。「高福祉民営化」志向に関わるモデル・ベースの説明も、ライフヒストリー記述を支える実践的推論への省察も、数理的研究と「記述」とにおける理論の位置づけを思うに興味深いお話しだったと思います。具体的に何がなされたか、というお話しに、社会学的研究における理論の姿を垣間見ることができました。

 ただその一方で、「社会学することと理論」は意図して限定的・抽象的に再考すべきかもしれないとも考えさせられました。私たち部会企画者は、お二人のスタンスが相異なるものであり、それゆえフロアを巻き込みながら例会を論争的にすることもあるだろうと考えておりました。ところが実際には、お二人とも、様々な「理論」がありうることを前提にしてご自身の研究と理論を語り、相互に尊重・容認的でした。実際のところ、理論は説明の成否をもって判断されるべきだという神山さんの主張は妥当でしょう。もとより個々の理論を比較対照したり優劣を論議したりすることはこの部会の本意でありません。けれども、「理論」が私たちの社会学的営みにおいて果たしていることに関わる一般的・共有的議論を喚起するには、研究事例の個別検討を超えた議論を立てることも必要なようです。たとえば、社会学的研究“における”理論という論点だけでなく、社会学的理論研究がいかにしていかなる意味で社会学的研究であるか、といった論点との対決です。今後の研究部会で検討していけたらと思います。

2003年度 第2回

開催日程

テーマ: ジェンダー不平等の多面性
担当理事: 伊藤 るり(お茶の水女子大学)、橋本 健二(武蔵大学)
研究委員: 佐藤 香(東京大学)、山田 信行(駒沢大学)、杉野 勇(お茶の水女子大学)
日 程: 2004年2月14日(土) 14:00〜18:00
場 所: 大正大学(巣鴨校舎)  2号館3階 231教室
報 告: ●松田 茂樹(第一生命経済研究所) 「女性の階層と就業選択の関係――〈戦略の自由度〉の視点から見えてくるもの――」
●村尾 祐美子(日本学術振興会特別研究員) 「性別職域分離研究の展開と課題」
コメント: 木本 喜美子(一橋大学):女性労働研究の立場から
橋本 健二(武蔵大学):階級・階層研究の立場から
司 会: 伊藤 るり(お茶の水女子大学)

研究例会報告

担当:伊藤 るり(お茶の水女子大学)

 本部会の研究例会は2004年2月14日(土)に開かれ、約30名の参加者を得た。今回の例会は、階級・階層関係とのジェンダーの接点を意識しつつ、ジェンダー不平等への接近方法をめぐって問題提起を行うことをねらいとし、松田茂樹氏(第一生命経済研究所)と村尾祐美子氏(日本学術振興会特別研究員)のお二人に報告を、また木本喜美子氏(一橋大学)と橋本健二氏(武蔵大学)にコメンテーターをお願いした。

 まず、松田氏の報告「女性の階層と就業選択の関係――〈戦略の自由度〉の視点から見えてくるもの――」は、女性の階層的地位が必ずしもキャリア形成につながらないという問題状況に関して、「就業戦略」と〈戦略の自由度〉という視角から、またデータとしては日本労働研究機構による「女性の就業意識と就業行動に関する調査」(1996年)の結果を用いた二次分析を通じて考察したものである。氏は仕事と家庭へのコミットメントの配分によって本人を含めた家族成員全体のwell-beingを高める戦略を「就業戦略」とし、その「実現しうる価値ある選択肢の幅」を〈戦略の自由度〉と名づけ、学歴や初職における階層的な地位が高い女性ほど、この自由度が高く、就業継続の選択も主体的となること、しかしながら、離職においては非主体的となることを示した。

 次に村尾氏の報告「性別職域分離研究の展開と課題」は、性別職域分離研究の問題関心が過去10年間、日本においてどのように展開されてきたのかを、(1)労働過程研究のジェンダー分析と(2)労働市場における性別職域分離の実態・趨勢分析の二つの分野に整理したうえで検討し、現段階での課題群を示した。課題としては、たとえば水平的性別職域分離の分野では、看護師の例にみるような、「女性職」に男性が参入するときに起こりうる新しいジェンダー編成の研究、また、これまで事例研究が主流となってきた垂直的性別職域分離の分野では、よりナショナルなレベルでのマクロ研究の必要性が指摘された。

 これに対して、まず松田報告に関しては、木本、橋本両氏から、階層的地位の高い女性の「主体性」、あるいはA.センの「潜在能力」と〈戦略の自由度〉概念の関連、〈自由度〉が夫との交渉によって規定される側面など、いくつかの問いが投げかけられた。また、村尾報告に対しては、木本氏から、自身が取り組んできた性別職域分離の軌跡を背景として事例研究の意義が強調されるとともに、労働市場の社会学と事例研究の接点を追究する際の具体的方法をめぐって、問題提起がなされた。このあとフロアの参加者も交えて、熱心に質疑応答がなされた。今回の例会では、労働という場面でのジェンダー不平等を捉えるための方法や課題が検討された。大会時のテーマ部会では、さらに家族、高齢者、あるいは外国人労働者をも射程に入れたかたちでジェンダー不平等の多面性が検討されることになるだろう。

2003年度 第3回

開催日程

テーマ: 文化の社会学
担当理事: 川崎 賢一(駒沢大学)、藤村 正之(上智大学)
研究委員: 片岡 栄美(関東学院大学)、吉見 俊哉(東京大学)
日 程: 2004年3月6日(土) 14:00〜18:00
場 所: 大正 大学(巣鴨校舎)  2号館3階 231教室
報 告: ●田中 研之輔(一橋大学) 「〈文化の社会学〉と〈カルチュラル・スタディーズ〉の間−アーバン・サブカルチャーズ(論)を素材として」
●南田 勝也(関西大学) 「作品文化の社会学に向けて」
司 会: 藤村 正之(上智大学)

研究例会報告

担当:藤村 正之(上智大学)

 前期2年間続いた〈文化の社会学の可能性〉部会の方向性をひきつぎつつ、理論・実証両面でのフレッシュな吸収を意図して、今期の研究例会は3月6日(土)に開催されました。例会では、若手研究者として、各々、スポーツ社会学、音楽社会学などとの関連を意識しつつ文化研究を積極的にされているお二人、田中研之輔さん(一橋大学)と南田勝也さん(関西大学)に研究報告をお願いしました。

 田中報告「〈文化の社会学〉と〈カルチュラル・スタディーズ〉の間−アーバン・サブカルチャーズ(論)を素材として」では、文化の社会学とカルチュラル・スタディーズ(CS)の論点整理を背景として、土浦駅西口広場と新宿駅付近路地裏にたむろするスケートボーダーたちの文化実践が対比的に論じられました。氏は、ボーダー行為という日々の文化実践に潜む都市政策・労働市場・地域流動化といった社会構造要因の反映に焦点をあてようとします。理論的視点と文化実践の現場との距離を生じさせない深い記述の試みに氏の主眼の一端はあり、文化の社会学ともCSとも異なる方向性が示されました。

 南田報告「作品文化の社会学に向けて」では、氏のロックミュージックの社会学的分析の知見をふまえ、固有名詞の頻出(マニアックな意味世界)、音楽自体を内在的に語ることの禁欲の限界など、文化社会学がかかえる困難がふれられました。そこで、氏は「作品文化」という概念を通じて、作品/作者の固有名詞を媒介として構成される空間へ焦点をあて、「感銘」「感応」「衝動」など「人−作品」関係に立ち現れる微細な心性の掘下げを試みることを提起します。それは、音楽・文学・映画などジャンル別研究への架橋や、「ハイ・カルチャーvsポップ・カルチャー」という対立図式を崩す試みでもあります。

 議論の整理上、対比的に述べるならば、両者の報告は記述へのさらなるこだわりという点での共通性を持ちつつ、南田報告は文化現象の内部へより視点を向けようとする顕微鏡性を、田中報告は文化現象を包含する外部文脈へより視点を向けようとする望遠鏡性を有していたといえるかもしれません。今回50名を超える参加者をえて、研究例会ならではのライブハウス感覚に満ちた若手研究者同士の意見交換がおこなわれ、充実した研究会となったように見受けられました。6月の大会時テーマ部会へも多くの皆さんの参加を期待しています。

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