テーマ部会Aでは、12月の学会大会のテーマ部会、同月の研究例会(第1回研究例会)をつうじて、社会学の理論はいかなる社会記述を可能にするか、という観点から理論の形成及び社会学的認識において理論が果たす役割を明らかにする。一般に理論とは、仮説と検証の反復によって抽出される体系的かつ斉一的な命題と理解されている。このような理論観に従うならば、理論研究とは「具体的」な社会現象が生成するフィールドにおいて、時系列的・空間的比較という作業によって、具体性を束ねる「抽象的」命題を構築することと理解されるであろう。しかし、実際の理論研究の場において、こうした事実の仮説検証によって理論が生成することはむしろ例外である。またこうした理解の下では、具体=抽象の二項対立図式が前提とされており、抽象的命題が所与の具体的諸事実をあたかも包摂するかのようにイメージされている。しかし実際の理論形成の現場では、概念やその体系としての理論命題それ自体によって、新たな事実そのものが生産=発見されている。たとえば、ジェンダー、エスニシティ、ハビトゥスといった概念は、セックス、ネイション、階級とは異なる水準にあらたなる実定性(positivity)を発見することにより、これまでにない未知の事実、フィールドそのものを生産してきたといえる。
本部会では、こうした社会学的理論研究のあり方を「理論というフィールド=ワーク」という表現で明確化することにより、社会学理論を経験世界の「抽象化」とみる通俗的な見方を清算し、理論が社会学的認識だけでなく、対象そのものを生産する現場に立ち会うことをめざす。
第1回研究例会では、アルフレート・シュッツ及びリュック・ボルタンスキーの社会学理論を取り上げる。シュッツにとって理論とは、経験的研究によって更新・修正されるべき仮説や現象の特定の側面を切り取るための枠組ではない。シュッツの「基層理論」としての理論観を検討しつつ、従来の経験的研究や現象の所与性を前提とした社会学理論の超克、拡張をめざす。また、生命倫理学や哲学といった他分野の理論的資源に依拠しながら、中絶の経験を描き出す新たな理論モデルを形成していったリュック・ボルタンスキーの仕事に注目する。ボルタンスキーは理論の中に現実に対する批判力(前規範的批判)を見出したのであり、そうした理論の潜勢力に注目することにより、同じく仮説=検証型理論に回収されない理論構築の可能性を明らかにする。これらの理論生成の現場に立ち合うことにより、理論形成のダイナミズムを明らかにし、理論研究と実証研究との新たな協働をイメージする一助としたい。
テーマ: |
理論というフィールド=ワーク |
日時: |
2020年12月26日(土)14:00〜17:00 |
報告: |
高艸賢(日本学術振興会)
「シュッツ現象学はいかなる意味で『社会学理論』なのか?」
小田切祐詞(神奈川工科大学)
「前規範的批判――『胎児の条件』におけるボルタンスキーの企て」 |
討論者: |
赤堀三郎(東京女子大学)、中倉智徳(千葉商科大学) |
司会: |
三浦直子(神奈川工科大学)、出口剛司(東京大学) |
会場: |
Zoomによるオンライン形式で開催
研究例会への参加を希望される方は、12月20日(日)までに、以下のリンク先(https://forms.gle/2CgdsPmatMLwhqnCA)のGoogleFormにて、必要事項を記入し、送信して下さい。前日までにオンライン参加に必要な情報をお知らせします。 |
連絡先: |
東京女子大学現代教養学部 流王貴義
Email:ryuo[at]lab.twcu.ac.jp([at]を@に置き換えてください)
|
[テーマ部会A] |
担当理事: |
出口剛司(東京大学)、流王貴義(東京女子大学) |
研究委員: |
三浦直子(神奈川工科大学)、齋藤圭介(岡山大学) |
|
◆報告要旨 |
高艸 賢(日本学術振興会)
「シュッツ現象学はいかなる意味で『社会学理論』なのか?」
アルフレート・シュッツの現象学は、現代の社会学理論の基礎をなす学説のひとつに数えられる。しかしシュッツの現象学は、社会学における多くの「理論」とは異なる性格を有している。シュッツの「理論」は、経験的研究によって更新・修正されるべき仮説ではなく、現象の特定の側面を切り取るための枠組みでもない。こうした事情を勘案すると、シュッツ現象学はそもそもいかなる意味で「社会学理論」なのか、という疑問が浮上する。 既存研究は、「中範囲理論」等と区別される「基層理論」としてのシュッツという視座からこの疑問に答えている。これに対し本報告は、シュッツが自らの理論を「方法論」ないし「認識論」として規定していることに注目する。ドイツにおける方法論争の最後の世代にあたるシュッツは、理論の彫琢という営み自体を主題化しうるアプローチとして、現象学を利用したのだった。本報告は、シュッツにおける方法論・認識論の検討を通じて、社会学にとっての「理論」の意味を捉え直すことを目指す。
小田切祐詞(神奈川工科大学)
「前規範的批判――『胎児の条件』におけるボルタンスキーの企て」
本報告の目的は、フランスの社会学者リュック・ボルタンスキーが2004年の著作『胎児の条件』で提示した「生むことと中絶における自己経験について語るための局所論」を、社会批判という観点から検討することにある。この局所論は、リベラリズムの流れに与する道徳哲学において見落とされる傾向にあった、胎児とそれを身ごもる女性との関係と、そのような関係の中で生きる女性の経験――とりわけ中絶の経験――の諸側面を描き出すことを主な目的としている。だが、ミシェル・アンリの現象学とオギュスタン・ベルクの場所論を主な理論的基盤とするこの分析枠組みに基づいてボルタンスキーが行っているのは、関係や経験といった対象の発見だけではない。同時に、ボルタンスキーはある種の社会批判を展開しているように見える。この批判をどのように特徴づけることができるだろうか。2004年以降の著作に依りながらこの問いに取り組むことを通じて、本報告は、『胎児の条件』におけるボルタンスキーの批判的企てを「前規範的批判」という形で定式化することを試みる。
|
|
(文責:出口剛司) |