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年次大会
大会報告:第57回大会 (報告要旨・報告概要:テーマ部会A)


テーマ部会A 「人口減少時代の社会学」  6/21 14:30〜17:30 〔共通講義棟2号館101室〕

司会者:田渕 六郎(上智大学)、原田 謙(実践女子大学)
討論者:副田 義也(金城学院大学)、赤川 学(東京大学)

部会趣旨 赤川 学(東京大学)
1. 限界集落と地域再生 大野 晃(長野大学)
2. 日本における福祉国家の再編と社会政策研究 平岡 公一(お茶の水女子大学)
3. 人口減少・縮小経済時代の「新しい家」 加藤 彰彦(明治大学)

報告概要 赤川 学(担当理事・東京大学)
部会趣旨

部会担当: 赤川 学(東京大学)

 本年度のテーマ部会は、昨年度に設定した「人口減少時代の地域づくり」というテーマをさらに発展させ、「人口減少時代の社会学」というテーマで、領域横断的な議論を展開します。

 人口減少の趨勢は今後、少なく見積もって数十年、長ければ数百年にわたって続くと考えられます。経済成長や人口増加に頼るのでない、人口減少を前提とした社会づくりが21世紀の日本にとって最重要な課題となります。

 ただし人口減少の趨勢は予測可能な範囲にとどまっていますし、少なくとも高度成長期以降の地方地域にとって「過疎」は、身近で既知の問題でした。また総人口が減少したとしても、現在の労働生産性を維持できれば、1人あたりの豊かさが減るわけではありません。人口減少問題の本質は、あくまで富やサービスをどのような原理原則に基づいて配分すべきかという、「社会」の問題にほかなりません。

 しかし、都市部で生み出された富(経済成長)を国民全体に再配分するという経済社会のあり方、すなわち国土の均衡ある発展というモデルが終焉を迎えつつあることは事実です。人口減少は、社会のさまざまな側面に影響を与えざるをえません。たとえば国全体に関わる問題では、年金・医療・介護制度の持続可能性が問題になります。個人や家族のレベルでは、1人暮らし世帯の増加、未婚者・単身世帯の増加といった現象面にとどまらず、グローバル化された世界社会における「リスクの個人化」が問題となります。地域・コミュニティのレベルでは、地域の自立、地方分権という名のもとでの地域間競争の激化、福祉の切り捨て、外国人労働者の生活問題、限界集落や農林業の存続可能性などが問われざるをえません。

 これらの問いに対して、社会学徒はどのように取り組み、来るべき社会を構想することができるかを、引き続き考えたいと思います。報告者としては、早くから農山村の過疎問題に取り組み、限界集落論・限界自治体論を積極的に展開している地域社会学の大野晃さん(長野大学)、福祉国家や高齢者福祉、介護保険のありようを福祉社会学の観点から展望している平岡公一さん(お茶の水女子大学)、結婚・離婚・親との関係などの家族関係の現状をふまえて、日本の家族や人口のゆくえを大胆に論じている加藤彰彦さん(明治大学)の三人をお招きします。また討論者には副田義也さん(金城学院大学)にお願いし、人口減少社会・日本の「国づくり」について、忌憚なくご議論いただく予定です。

 奮ってご参加ください。

第1報告

限界集落と地域再生

大野 晃(長野大学)

 65歳以上の高齢者が集落人口の半数を超え、冠婚葬祭をはじめ田役、道役などの社会的共同生活の維持が困難な状態にある集落を私は「限界集落」と呼んでいる。
 2006年、国土交通省が過疎地域の全集落を対象に行った調査では、全国で限界集落が7,878、消滅の恐れがある集落が2,641あることが明らかになった。人口、戸数の激減と高齢化の急速な進行で増加の一途をたどっている限界集落は、いまや地方にみる山村の疲弊を象徴するものとなり、われわれに多くの問題を投げかけている。
 問題の第一は、限界集落化に伴う耕作放棄地の増大と山村の放置林化による「山」の荒廃である。山の保水力低下は、渇水や水害を発生させ磯枯れした死の海をつくり出す。それ故、下流域の都市住民や漁業者は、今や「山」の荒廃を対岸の火事視できない状況にある。
 第二は、森林の人工林化とその荒廃による山村の原風景の喪失である。春夏秋冬、折々の景観は日本人に固有の情緒豊かな感性を育んできた。原風景の喪失と現在の都市病理諸現象とは無関係ではない。加えて、神楽に代表される伝統芸能、伝統文化の衰退も無視できない問題である。
 報告では、これらの点を踏まえ以下の4点を中心に地域再生論を展開する。

 (1)住民自身による地域再生への政策の企画立案の実践。草の根からの政策提起の重要性
 (2)集落の状態に応じた対策の必要性
  @準限界集落の段階で存続集落への再生策を講ずる予防行政の重要性
  A限界集落対策には、人間が生きていくための最低限度の生活条件である「ライフミニマム」の保障の必要性
 (3)流域共同管理の必要性
 (4)森林環境保全交付金制度の創設

 森林環境保全交付金制度の創設、山村の原風景の再生、伝統芸能の復活、ライフミニマムを保障する多目的総合施設としての「山の駅」の設置等の総合的な内容を持つ「森林・山村再生法」を早期に創設し、人間と自然が共に豊かになる地域社会を創造していくこと、これが明日の日本を展望する道である。

第2報告

日本における福祉国家の再編と社会政策研究

平岡 公一(お茶の水女子大学)

 少子高齢化・人口減少に加え、経済グローバル化、脱工業化などの環境変化に直面する日本の社会政策(福祉政策)の展望について論じるにあたっては、1980年代以降の制度改革・政策展開の性格についての体系的な検討を行うとともに、社会政策の主要なイッシューを論じる議論の枠組みを、これまでの社会政策研究の蓄積に照らして再検討することが求められる。
 このような課題意識に基づいて、本報告の前半部分では、まず、90年代末以降の雇用労働、年金、医療、福祉・介護の諸制度の改革と政策展開、さらには(広義の)福祉国家システムの変容の経過を概観した上で、「分立型皆保険皆年金体制」の枠内での改革の限界、レジームシフトの構想とその非現実性、「戦後型福祉」の再編と「市場化」の二重の限界等の観点から、日本の福祉国家の再編過程の特徴を分析する。また、体系的な社会保障改革の構想が、研究者等のグループによって提示されることになってきたことに注目するとともに、その限界にも触れる。
 報告の後半部分では、以上の検討を踏まえ、@福祉(国家)レジーム論の再評価、Aベーシック・インカム論のポテンシャルと陥穽、B社会保障論の復権、C社会学からの「格差」研究への貢献の可能性等の論点を取り上げ、社会政策研究の今後の課題について論じたい。

第3報告

人口減少・縮小経済時代の「新しい家」

加藤 彰彦(明治大学)

 私はここ数年、次のような統計的事実をもとに「直系家族的原理の持続」を主張してきた。(1)過去半世紀の間に、結婚時の同居確率は低下したが、若い世代ほど途中同居(=持ち家の継承)の傾向が強いため、最終的な同居確率はどの世代も約30%(長男だと約50%)に収斂する。(2)半世紀前に指摘された「東北日本型(単世帯型)直系家族」と「西南日本型(複世帯型)直系家族」という地理的分布は今もなお明確である(明治時代の統計まで遡って確認できる)。これらは、直系家族を形成する力が、21世紀の今日でも日本社会の基層レベルで強力に働いていることを示している。
 ところで、「村的原理を現代的な形で再生することで、新しい地域的連帯が可能ではないか」という問題意識は、地域社会学や環境社会学では広く共有されている。これに対して「家的原理を現代的な形で再生することで、分権型社会の基礎を築く」などという議論は長らくタブーであった。少し前にこんなことをいえば、時代錯誤――昔に戻ることなどできない――として一蹴されるか、「保守反動思想」として非難されたであろう。しかし最近潮目が変わってきたようだ。昔に戻らざるをえない状況が現前しつつあるからである。
人口減少時代は、マクロ経済的には、継続的に需要が縮小する時代である。外需に依存することの危うさは、リーマン・ショック後のトヨタの経営危機によって実証されてしまった。人口減少が本格化すれば、かなりの人が生活水準を引き下げざるを得ない事態に直面するだろう。目下の「格差問題」はそのプロローグにすぎない。一方、世界人口は今世紀半ばにむけて増加を続け、資源・エネルギー価格は昨年のような振幅をともないながら上昇していくだろう。資源争奪をめぐる紛争も増加することが予想される。
 直系家族とそれが担う「家」という社会組織は、成長の限界に達した徳川時代中期の庶民が、共同体の持続可能性を最大化するために、試行錯誤を重ねて練り上げた生活保障のシステムである。本報告では、今世紀の日本社会が、広義の家的な社会構成原理を「ソーシャル・キャピタル」として活用しつつ、人口減少時代の課題――とくに中央集権・集中型社会から分権・分散型社会への組み替え――に対応していく可能性について議論したい。

報告概要

赤川 学(担当理事・東京大学)

 本テーマ部会は、昨年度のテーマ「人口減少時代の地域づくり」を継受し、「人口減少時代の社会学」というテーマを設定した。人口減少がもたらす種々の社会変動――国土の均衡ある発展モデルの終焉、年金・医療・介護制度の持続困難、リスクの個人化、地域間競争の激化、限界集落や農林業の維持困難など――の諸問題に対して、社会学者がいかに取り組み、来るべき社会を構想しうるかを考えたかったからである。

 長らく限界集落のフィールドワークに取り組んでこられた大野晃さん(長野大学)は、第一報告「限界集落と地域再生」で、『山村環境社会学序説』で彫琢された自治体の格差分析をもとに限界集落の現状と未来を予想した。その上で、地域再生の原理を4点にわたって指摘した。@住民自身による地域再生策立案への参加、A限界集落にならないための予防行政と、限界集落での「ライフミニマム」の保障、B流域共同管理、C森林環境保全税の創設である。とりわけライフミニマムを保障する「山の駅」設置の重要性が強調された。大野さんの理論は、山村を公共財としてとらえ、流域の川上(山村)と川下(都市部)の人間が、いかにして村的原理を再生しうるかを問うていたように思われる。

 福祉国家の世界的再編の過程を理論化してこられた平岡公一さん(お茶の水女子大学)は、第二報告「日本における福祉国家の再編と社会政策研究」で1980年代以降の日本の福祉国家の変容を描いた。それによると80年代から90年代、日本は福祉国家化と脱・福祉国家化が同時に進行したが、90年代以降、脱福祉国家化(エスピン・アンデルセンいうところの自由主義レジーム)が優位になっていく。これに伴い家族福祉、企業福祉、企業福祉、各種補助金、公共事業など、従来、社会保障水準の低さを補ってきた「代替構造」の機能低下が生じ、社会民主主義レジームへの可能性と条件を探る分析が不可欠になるとする。

 全国家族調査のデータを丹念に分析してこられた加藤彰彦さん(明治大学)は、第三報告「人口減少・縮小経済時代の"新しい家"」で、最終的な同居確率の高さ(長男で約50%)、「東北日本型/西南日本型」直系家族という地理的分布の不変性を指摘し、現在もなお持ち家(土地・家屋)の継承を通して、「直系家族原理」が持続しているとした。さらに人口減少がもたらす需要縮小、生活水準の低下、資源争奪紛争などの衝撃に対応する原理として、「家的原理を現代的な形で再生することで、分権型社会の基礎を築く」という、大胆な提言を行った。幕藩体制以降継承されてきた「家」と「村」の自律性は、「地域主権型道州制」の社会学的基盤(ソーシャル・キャピタル)になりうるという。緻密な実証研究と、これまで社会学の世界でなされてこなかった大胆な提言のコントラストが印象的であった。

 次いで福祉社会学の副田義也さん(金城学院大学)が、人口減少が社会学に対してどのような理論的問い直しを求めているかを、@国民社会論、A社会変動論、B直系家族論、C村落社会論、D社会闘争論という5つの観点からコメントされた。とりわけ人口減少が従来の社会変動論と異なる円熟した歴史観を必要とすること、福祉国家の一原理としてのベーシックインカムがディストピアかもしれないという危惧を表明された。その後、赤川学(東京大学)がコメントを行い、フロアを交えた活発な質疑応答が繰り広げられた。

 個人的には、経済成長と人口増加を前提としてきた20世紀日本型の近代は終焉し、今後は、新しい原理に基づく社会再編が不可欠になると考える。この際、大野さんは、流域共同管理などによるムラ(村)的原理による再生を、平岡さんは、社会民主主義レジームによる福祉国家の再編を、加藤さんは、直系家族原理というイエ(家)的原理による再生を志向した。一見ディシプリンを異にする3人の社会学者が、人口減少という共通テーマのもとに、「21世紀の人口減少社会・日本を支える原理はムラ(村)か、福祉国家か、イエ(家)か」という、きわめて根源的な問いを立ち上げてくださった。今後、この問いをひとりでも多くの社会学者が継承していくことを願いたい。

 本部会は、ひとまず2年間の活動を終える。2回の研究例会、2回のテーマ部会にご参加いただいた発表者、討論者、フロアの皆様に、改めて感謝を申し上げたい。

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