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年次大会
:第72回大会 (テーマ部会B要旨・概要)


テーマ部会B「「社会規範」の〈変化〉をどう捉えるか?―多様性をめぐる包摂と排除―」

担当理事:土井 隆義(筑波大学)、仁平 典宏(東京大学)
研究委員:赤羽 由起夫(北陸学院大学)、橋 史子(東京大学)
部会要旨報告要旨 文責:仁平典宏
部会要旨

 2024年度〜25年度のテーマ部会Bでは、「社会規範」が近年どのように変化し、現在どのような状況にあるのか、様々なトピックに関するフィールドと理論を往還しながら領域横断的に議論する場にしたいと考えています。
 かつて1980〜90年代頃の社会学・社会批評では、「社会規範」の相対化や弛緩は社会診断における共通の前提として語られていました。曰く、規範は社会を統合する上で重要な役割を果たしてきたが、社会が複雑化・多元化・個人化する中で統制的な役割を持つ社会規範は機能不全に陥っている。現在は相互が相互に他者として現れる時代であり、島宇宙化する中で共通のコミュニケーションの基盤の設定は可能なのか、そもそも社会は可能なのか、ということをこそ問わなければならない――。
 現在、この記述はどこまで妥当するでしょうか? 確かに社会はより複雑になり、ライフコースや生の形式は多様化し、個人化の趨勢は顕著になっています。しかし同時に、極小化していくはずだった「社会規範」を濃厚に感じるようになった側面はないでしょうか? その諸相は「社会規範」の相対化や弛緩というかつての社会記述と齟齬をきたしているようにも見えます。これらの現象をどう捉えるべきか、経験的な分析と理論的な検討の両方から検討していくことがテーマ部会Bの課題となります。
 1年目は、様々な領域における「社会規範」を巡る変化と現状について、経験的な研究に基づき検討していきたいと思います。2024年6月の学会大会では、「「規範」の変化をどう捉えるか?――多様性をめぐる包摂と排除」と題して、日本社会のいくつかの領域における規範のあり方と包摂/排除の関係について検討していきたいと考えています。
 既存の議論が指摘する通り、旧来の規範が相対化され、意識のリベラル化が進んでいると考えられる領域も多く見受けられます。他方で、相互行為上で規範化されたインフォーマルなコードやルールが高度化し、それを共有しない人の排除を進めているような側面も見受けられます。さらに近年は――「マルハラ」に象徴されるように――集団間のコードの差異を「ハラスメント」という公的なクレイムにつなげつつ理解するまなざしも生まれています。また、ダイバーシティが公的には肯定されるようになる一方、様々なバックラッシュも生じており、マジョリティが考える「標準」からのズレによって、特定の生のあり方を貶価するコミュニケーションの領域も広がっているように見受けられます。
 もちろん、ここに挙げた例は多次元的であり、同じ文脈化の事象として捉えられるものではないかもしれません。あるいは「社会規範」という概念が適切かということについても考えてみる必要があるでしょう。いずれにせよ、社会規範の相対化や弛緩という構図では捉えられない動きが散見されるのは確かであり、様々な領域における規範はどのように変化し、現在どのような状況にあるのか、その変化の過程で包摂/排除の境界線はどのように変わっているのかということを、複数の領域の知見を持ち寄り、改めてマッピングしていく作業が必要であるように思われます。  以上を踏まえまして、学会大会では、性的マイノリティ、外国人、孤立・孤独のキーワードを軸としながら、それぞれのテーマに関する「規範」の変化と現在性、及び包摂/排除との関係について、いかなる方法論のもとでどのように捉えることができるか、各報告者からの報告と議論を通じて、日本の「社会規範」の現在地を探っていきたいと考えています。みなさまのご参加をお待ち申し上げます。

報告者および題目:(報告順を変更しました)

  1. 孤立・孤独による殺人と包摂/排除――犯罪報道から規範を読む
    赤羽 由起夫(北陸学院大学)
  2. 外国人との共生をめぐる規範――社会意識調査を用いた検証
    永吉 希久子(東京大学)
  3. 自己執行的カテゴリーの変遷と規範――性的マイノリティによる実践」
    杉浦 郁子(立教大学)

討論者:浅野 智彦(東京学芸大学)
司会者:土井 隆義(筑波大学)、橋 史子(東京大学)

報告要旨

「孤立・孤独による殺人と包摂/排除――犯罪報道から規範を読む」

赤羽 由起夫(北陸学院大学)

 本報告の目的は、孤立・孤独による殺人事件の新聞報道を分析することによって、現代社会の人間関係をめぐる規範の変化と多様性をめぐる包摂/排除との関連を考察することである。
 現代は人間関係の自由化が進んだ社会であり、誰が誰とどのような人間関係をむすぶかを自由に選択できるようになっている。これをそのまま、人間関係の選択肢の増大ととらえるのであれば、それにともなって人間関係の多様性も尊重されるようになったと考えられる。
 しかし、ここで問題となるのは、人間関係をむすばない自由、すなわち孤立・孤独の自由がどこまで認められるのかという点である。なぜなら、2000年代後半から孤立・孤独は重要な社会問題の1つとして論じられるようになり、近年では殺人事件との関連も強く示唆されるようになっているからである。そのため、孤立・孤独が規範的に望ましくないとみなされていることが示唆される。また、包摂/排除という点から見ると、望まない孤立・孤独はそのまま人間関係からの排除としてみることができる。
 これらをふまえて、本報告では、『読売新聞』『朝日新聞』における孤立・孤独による殺人事件の記事を分析する。具体的には、2000年代前半までと、2000年代後半以降の事件記事を比較することで、孤立・孤独に対する社会的視線の変化を記述し、そこから人間関係をめぐる規範や包摂/排除の変化について論じる。

「外国人との共生をめぐる規範――社会意識調査を用いた検証」

永吉 希久子(東京大学)

 少子高齢化を迎えた日本社会では、国民をまきこんだ幅広い議論が行われないままに、外国人の受け入れが進められている。結果として、移民受け入れの長い歴史をもつ西ヨーロッパ諸国とは異なり、日本においては外国人との共生に関して、ヒューリスティックなまとまりをもった態度が形成されず、個別の対象、イシューごとに異なる態度が表明されている。このような状況の中で、外国人との関係における「規範」は存在するのだろうか。本報告では質問紙調査における外国人への態度表明という行為に着目し、質問紙調査に実験的手法を組み込んで実施した複数の共同研究の結果を用いつつ、日本における外国人との共生に関する規範の状況を検討する。
 具体的には、人種的・民族的・国籍にもとづく偏見に関する心理学・社会学分野の研究の中で、社会的望ましさバイアスの影響を受けにくい、「隠れた」偏見の検証に用いられてきたリスト実験や潜在連合テスト(Implicit Association Test)などを用いて測定した外国人に対する態度と、通常の質問紙での質問で測定した態度を比較することで、規範の働きを検証する。また、外国人に対して肯定的/否定的意見が多数派となるような意見空間に置かれることが態度表明に影響を与えるのかを検証することにより、認知された多数派意見が規範として機能している可能性を示す。これらの知見から、日本における外国人との共生に関する規範の特徴と、そうした規範が生じるメカニズムについて考察する。

「自己執行的カテゴリーの変遷と規範――性的マイノリティによる実践」

杉浦 郁子(立教大学)

 本報告は、1970年代から90年代半ばのレズビアン解放運動における「レズビアン」カテゴリーの使用実践を取りあげ、「レズビアンとはどのような女か」をめぐる攻防に性に関する諸規範がどのように関わっていたかを記述する。
 「レズビアン」は、1960年代にはすでに、異性愛男性の性的欲望を喚起させるポルノグラフィの題材となっており、「レズビアンは性的に奔放な女である」というイメージが拡散していた。他者が捏造する「レズビアン」のステレオタイプに抵抗し、自らの性や生を肯定することをめざしたレズビアンたちによる活動は、1970年代半ばに世に出た。それ以降の活動では、「レズビアン」というカテゴリーを独自のやり方で用い、メンバーシップを管理しようとする実践――カテゴリーを自己執行的に運用する実践――が盛んになされた。本報告は、「レズビアンであること」がどのような活動と結びつけられて主張されたのか、そのなかでどのような規範が反復/攪乱され、どのような「女」が包摂/排除されたのかを、当時の活動が置かれていた文脈とともに叙述する。
 本報告は、特定の時代において「レズビアンであること」がどのように語られ、認識されてきたかを統御したものとして「規範」をとらえる。そのうえで、アイデンティティ・カテゴリーの使用実践の歴史を記述することが規範の変容を明らかにするひとつの方法であることを示す。

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