「孤立・孤独による殺人と包摂/排除――犯罪報道から規範を読む」
赤羽 由起夫(北陸学院大学)
本報告の目的は、孤立・孤独による殺人事件の新聞報道を分析することによって、現代社会の人間関係をめぐる規範の変化と多様性をめぐる包摂/排除との関連を考察することである。 現代は人間関係の自由化が進んだ社会であり、誰が誰とどのような人間関係をむすぶかを自由に選択できるようになっている。これをそのまま、人間関係の選択肢の増大ととらえるのであれば、それにともなって人間関係の多様性も尊重されるようになったと考えられる。 しかし、ここで問題となるのは、人間関係をむすばない自由、すなわち孤立・孤独の自由がどこまで認められるのかという点である。なぜなら、2000年代後半から孤立・孤独は重要な社会問題の1つとして論じられるようになり、近年では殺人事件との関連も強く示唆されるようになっているからである。そのため、孤立・孤独が規範的に望ましくないとみなされていることが示唆される。また、包摂/排除という点から見ると、望まない孤立・孤独はそのまま人間関係からの排除としてみることができる。 これらをふまえて、本報告では、『読売新聞』『朝日新聞』における孤立・孤独による殺人事件の記事を分析する。具体的には、2000年代前半までと、2000年代後半以降の事件記事を比較することで、孤立・孤独に対する社会的視線の変化を記述し、そこから人間関係をめぐる規範や包摂/排除の変化について論じる。
「外国人との共生をめぐる規範――社会意識調査を用いた検証」
永吉 希久子(東京大学)
少子高齢化を迎えた日本社会では、国民をまきこんだ幅広い議論が行われないままに、外国人の受け入れが進められている。結果として、移民受け入れの長い歴史をもつ西ヨーロッパ諸国とは異なり、日本においては外国人との共生に関して、ヒューリスティックなまとまりをもった態度が形成されず、個別の対象、イシューごとに異なる態度が表明されている。このような状況の中で、外国人との関係における「規範」は存在するのだろうか。本報告では質問紙調査における外国人への態度表明という行為に着目し、質問紙調査に実験的手法を組み込んで実施した複数の共同研究の結果を用いつつ、日本における外国人との共生に関する規範の状況を検討する。 具体的には、人種的・民族的・国籍にもとづく偏見に関する心理学・社会学分野の研究の中で、社会的望ましさバイアスの影響を受けにくい、「隠れた」偏見の検証に用いられてきたリスト実験や潜在連合テスト(Implicit Association Test)などを用いて測定した外国人に対する態度と、通常の質問紙での質問で測定した態度を比較することで、規範の働きを検証する。また、外国人に対して肯定的/否定的意見が多数派となるような意見空間に置かれることが態度表明に影響を与えるのかを検証することにより、認知された多数派意見が規範として機能している可能性を示す。これらの知見から、日本における外国人との共生に関する規範の特徴と、そうした規範が生じるメカニズムについて考察する。
「自己執行的カテゴリーの変遷と規範――性的マイノリティによる実践」
杉浦 郁子(立教大学)
本報告は、1970年代から90年代半ばのレズビアン解放運動における「レズビアン」カテゴリーの使用実践を取りあげ、「レズビアンとはどのような女か」をめぐる攻防に性に関する諸規範がどのように関わっていたかを記述する。 「レズビアン」は、1960年代にはすでに、異性愛男性の性的欲望を喚起させるポルノグラフィの題材となっており、「レズビアンは性的に奔放な女である」というイメージが拡散していた。他者が捏造する「レズビアン」のステレオタイプに抵抗し、自らの性や生を肯定することをめざしたレズビアンたちによる活動は、1970年代半ばに世に出た。それ以降の活動では、「レズビアン」というカテゴリーを独自のやり方で用い、メンバーシップを管理しようとする実践――カテゴリーを自己執行的に運用する実践――が盛んになされた。本報告は、「レズビアンであること」がどのような活動と結びつけられて主張されたのか、そのなかでどのような規範が反復/攪乱され、どのような「女」が包摂/排除されたのかを、当時の活動が置かれていた文脈とともに叙述する。 本報告は、特定の時代において「レズビアンであること」がどのように語られ、認識されてきたかを統御したものとして「規範」をとらえる。そのうえで、アイデンティティ・カテゴリーの使用実践の歴史を記述することが規範の変容を明らかにするひとつの方法であることを示す。
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