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年次大会
大会報告:第58回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第3部会)


第3部会:若者・アイデンティティ

司会:浅野 智彦(東京学芸大学)
1. 文化のダイナミズム--ブルデューの「界」概念を用いた「同人界」のエスノグラフィー 七邊 信重(東京工業大学)
2. 「ライブ空間」の現状[PP] 〇宮入 恭平 (東京経済大学)・
〇佐藤 生実(ファッショントレンド調査者)
3. トランスジェンダー・コミュニティ若年世代を取りまく社会状況--当事者団体Qの代表者への聞き取り調査から 石井 由香理(首都大学東京)
4. 若者の「努力」をめぐる意識の分析--杉並と松山の比較から[PP] 寺地 幹人(東京大学)
5. 「ひきこもり」の人びとの社会関係と自己アイデンティティの維持管理 小林 絵里子(お茶の水女子大学)
第1報告

文化のダイナミズム――ブルデューの「界」概念を用いた「同人界」のエスノグラフィー――

七邊 信重(東京工業大学)

 マンガ同人誌・ゲーム・音楽などを制作したり、それを同人誌即売会等で頒布・消費・評価する人々を「同人」という。世界最大の同人誌即売会、「コミック・マーケット」(1回の参加者数55万人をはじめ、年1000回以上の大小さまざまな同人誌即売会が、週末を中心に全国で開催されている。マンガ・アニメ・ゲーム・音楽を作りたい、それを多くの仲間たちに見てもらいたい、見たいと考え、イベントに参加する人々は日本だけで100万人に及ぶと考えられる。

 同人については、その意識や実践の社会学的研究や、その経済効果の経済学的研究が行われてきたが、これらは同人文化、あるいは「同人界」の均質性を前提とする傾向があった。しかし、実際には、同人間では、利害、実践、能力(資本の総量)の多様性や対立が存在し、これが同人界のダイナミズムの源泉となっていることが、発表者が行ってきた調査からは示唆されている。

 本発表では、同人文化の中でも、近年関心が集まっている「同人ゲーム」制作者間の関係とそれらと制作作品との関係について、ブルデューの「界」「資本」などの概念と、質的・計量的調査に基づいて分析する。これにより、先行研究では十分に探究されてこなかった、同人界の特異性、同人の意識・実践の多様性、同人界における行為者の位置と作品との関係といった、同人の実践の社会的条件に関する理論的かつ経験的な分析を提出することを目指す。

第2報告

「ライブ空間」の現状[PP]

○宮入 恭平 (東京経済大学)・○佐藤 生実(ファッショントレンド調査者)

 低迷を続ける音楽産業のなかでも、CD売り上げの減少は顕著だ。こうした「CD離れ」の要因は、人びとの「音楽離れ」にあるのだろうか。たとえば、インターネットによる音楽配信のダウンロード数は着実に増加している。では、インターネットの音楽配信がCD売り上げの減少に影響を与えているのだろうか。それを肯定的にとらえる見解もある一方で、技術革新による利用形態の変化にすぎないという見方もある。

 実際に、わたしたちの日常生活では、携帯電話やMP3プレイヤーで音楽を聴く光景が珍しいものではなくなっている。人びとは決して、音楽を聞かなくなったわけではないのだ。それは、コンサートやフェスティバルなどの観客動員数が増加傾向にある、エンターテインメント市場からもうかがい知ることができる。

 もっとも、人びとが音楽とかかわっていることを示す根拠は、大手音楽産業が公開するデータに基づいているにすぎない。たとえば、人びとが音楽を経験する空間をみると、コンサートやフェスティバルに代表されるメインストリームの音楽空間と比べて、ライブハウスやクラブに代表されるオルタナティブの音楽空間は、公開されているデータからは可視化されにくいのだ。

 本報告では、オルタナティブの音楽シーンの現状に注目して、その拠点となるライブハウスとクラブを「ライブ空間」と位置づけ、音楽空間の「もうひとつ」の現状を把握しながら、社会や文化的コンテクストとの関連性を検討する。

第3報告

トランスジェンダー・コミュニティ若年世代を取りまく社会状況――当事者団体Qの代表者への聞き取り調査から――

石井 由香理(首都大学東京)

 本報告では、「性同一性障害」の当事者団体の活動に焦点を当て、その活動の今日的なありようについて考察する。

 トランスジェンダー・コミュニティの「登場」はほんの十数年前であるが、その間に状況は非常に大きく変化している。90年代後半、性別越境行為の医療化と結びついた「性同一性障害」という概念が生まれ、そこで新たに「当事者」という人々が現れ、それに連動してさまざまな「当事者団体」が作られた。しかしこのトランスジェンダー・コミュニティの活動について、代表者などを対象に調査した研究は、未だほとんどない。特に、「性同一性障害」という言葉が一般にある程度認知されるようになり、ガイドラインや特例法の成立した後で、当事者団体が新たにどのような役割を担おうとしているのかについての調査はなされていない。

 そこで、本報告では、当事者団体Qの代表者への聞き取り調査をもとに、今日的なトランスジェンダー・コミュニティのありようを考察していく。団体Qの中心メンバーや、Qの主催するイベントに参加する当事者の多くは20代であり、したがって、かれらは社会の認知・理解や医療制度の整備等がかなり進んだ段階でコミュニティに参加しており、上の世代よりもこれらの問題に熱心に取り組む必要がない状況にあるといえる。本報告では、団体Qの代表者への聞き取りを通じて、かれらが新たに何を問題と見なしどのような活動を行おうとしているのか、その背景にどのような当事者を取り巻く社会的状況があるのか等を、考察する。

第4報告

若者の「努力」をめぐる意識の分析――杉並と松山の比較から――[PP]

寺地 幹人(東京大学)

 本報告の目的は、現代日本の若者が「努力」に対してどのような意識をもっているか、そしてそうした意識と、趣味的文化活動、メディア接触、友人関係、恋愛についての考え方、社会意識、社会的属性などの関連性を、明らかにすることである。

 現代日本の若者は、今日の社会を競争の激しい社会だと認識するとともに、そうした社会を努力が報われる社会だと思いにくい状況にあること、あるいは努力が報われる社会だと思える者と思えない者の格差が存在することが指摘されている。そのような若者が「努力」に対して抱く意識の説明は、階層的な変数との関連でなされることがしばしばある。本報告では、(1)そうした階層的な変数のみならず、文化や対人関係といった若者文化にとって重要な構成要素と「努力」をめぐる意識との関連にアプローチすること、また、(2)都市に住む若者と地方に住む若者の意識の違い(あるいは共通性)を提示すること、を試みたい。

 分析には、松山大学人文学部社会調査室が2009年に実施した、「若者の生活と文化に関する調査」で得られたデータを使用する。同調査は、東京都杉並区と愛媛県松山市でそれぞれ1000名、20歳の男女を層化二段無作為抽出法で抽出し、郵送で質問紙を配布・回収した(回収率は杉並区30.8%、松山市25.0%)、質問紙調査である。

第5報告

「ひきこもり」の人びとの社会関係と自己アイデンティティの維持管理

小林 絵里子(お茶の水女子大学)

これまで「ひきこもり」の人びとの自己アイデンティティのありようは、あらゆる社会関係に失敗した後の、いわば自己否定的な状態として描かれてきた。こうした人びとは避けようとも偶発的に生じてしまう社会関係へ対処するため、個人のスティグマが記された生活誌上の情報を隠ぺいするといった戦略的な行為をとっていることも指摘されてきた。しかし、これらのアイデアは、ひきこもりの人びとが自己否定的な考え方を乗り越えるため、いわば自発的、継続的に交流を持とうとする積極的な社交関係における自己アイデンティティの維持管理の方法までは論じていない。

本研究報告では、こうした先行研究に依拠しつつも、セルフヘルプグループに着目し、メンバーひとりひとりが、どのような自己意識をもち他者とかかわりあいながら参加し続けているのかを明らかにしたい。具体的には、社会関係を回避していた人びとが、再び限定的ではあるが、対人コミュニケーションを自発的にもとうとするメンタリティが、社会への適応を望もうとするも完全には適応できない/しないといった問題経験の間で揺れ動き、最終的には、その間を行き来しながら、自己のバランスをとっている姿を描く。また、彼らが「ひきこもり」という状態を生きるとき、「社会問題」としてとらえるといった批判的姿勢としてではなく、たとえ隠れるといった対処戦略をとろうとも、あくまでも「社会のなか」で生きていこうとする意志を描く。