第3部会:トランスナショナリズムと移民  6/18 14:00〜17:30 [5号館・2階 5221教室]

司会:水上 徹男 (立教大学)
1. 国際結婚を通じた韓国人女性の移住と生活過程
──農村部在住韓国人女性の事例を中心に──
 [PP使用]
柳 蓮淑 (お茶の水女子大学)
2. 滞日イラン人と親族ネットワークのダイナミズム
──トルコ系シャーサバンにみる新しい遊牧のかたち──
 [PP使用]
稲葉 奈々子 (茨城大学)
樋口 直人 (徳島大学)
3. 消費社会の夢とトランスナショナリズムの逆説  
──バングラデシュの移住家族と開発される欲望──
 [PP使用]
樋口 直人 (徳島大学)
稲葉 奈々子 (茨城大学)
4. 移民からみる国民国家
──「ナショナル・ステート」という問題提起──
大井 由紀(一橋大学
・日本学術振興会)
5. 現代日本における「帰化モデル」の議論
──在日コリアンの国籍取得権を求める運動を中心に──
佐々木 てる (筑波大学)

報告概要 水上 徹男 (立教大学)
第1報告

国際結婚を通じた韓国人女性の移住と生活過程
──農村部在住韓国人女性の事例を中心に──

柳 蓮淑 (お茶の水女子大学)

 本報告は国際結婚のために日本に移住したニューカマー韓国人女性を対象に、日本への移住要因と農村での生活過程に焦点をあてることによって、ニューカマー韓国女性のライフコースにおける移住と日本での生活におけるダイナミックな関係性をさぐることである。

 農村地域におけるニューカマー外国人女性の国際結婚についての研究は主に実体把握と人権尊重における批判的な視点に重点がおかれていたが、最近は外国人女性の流入による地域社会の文化変容に焦点をあてるなど、今までとは異なる視点からの研究も登場している。しかしながら、増加しつつある国際結婚の事例に比してジェンダーの視点を取り入れた社会学的なアプローチにおける研究は数的にも量的にもいまだに充分とはいえない状況にある。

 本報告では従来の農村の「外国人花嫁」像を乗り越えるために以下の3点に焦点を当てることにする。すなわち、1)韓国人女性のライフコースにおける国際結婚を通じた移住の含意、2)農村における外国人妻としての生活のダイナミズムが派生する日本社会の文化変容の可能性、3)移住と日本生活における主体的な存在としてのアイデンティティ形成の可能性、である。そのために基本的には可能な限り彼女たちの生活に密着するなど信頼関係の構築に重点をおく調査方法を採択しながら、生活実態については主にアンケート調査を、移住背景とアイデンティティ形成過程については主にインタビューと参与観察を併用した。

第2報告

滞日イラン人と親族ネットワークのダイナミズム
──トルコ系シャーサバンにみる新しい遊牧のかたち──

稲葉 奈々子 (茨城大学)
樋口 直人 (徳島大学)

 90年代前半に来日したイラン人は、査証免除措置停止以降急速に減少し、実態把握がなされないまま失業と犯罪の言説だけが一人歩きしてきた。それに対して本報告では、90年代前半から現在に至る滞日イラン人の軌跡を描き出すことを試みる。その際、イランにおけるトルコ系遊牧民であるシャーサバンの渡日経験を、親族ネットワークのダイナミズムという観点から記述する。報告で用いるのは、40年前までテヘランの南西近郊で遊牧生活を送っていたアフマッドルーという下位集団に対して、2003〜2005年に行ったインタビューデータである。アフマッドルーからは、確認できた限りで60人が渡日しており、そのうち約40名にイランと日本で聞き取りを行った。

 調査の知見は以下のとおりで、当日はこれを手厚く記述する形で報告したい。(1) 最初の来日者に近い親族が来日して住居や仕事を提供され、当初1箇所だったシャーサバンの滞日拠点が増えていく。(2) 91年頭には群馬、栃木、茨城に拠点ができて、来日者がまず身を寄せるようになる。そこで特定の工場で親族がまとまって働くようになるが、そうした仕事の条件は良くない。そのため、数ヶ月から半年で日本語を覚えてより良い仕事をみつけるようになる。最初の工場は条件が悪いがゆえに離職率が高く、またそうであるがゆえに新規来日者を次々と受け入れ、拠点としての機能を維持する。(3) 妻帯者は最長1年半程度の短期間で帰国し、拠点はなくなっていった。独身者の一部は日本で築いたネットワークと親族ネットワークの双方を利用しつつ、日本での生活基盤を築いていく。来日60名のうち日本人と結婚した者は3名、現在超過滞在中の者は3名である。

第3報告

消費社会の夢とトランスナショナリズムの逆説  
──バングラデシュの移住家族と開発される欲望──

樋口 直人 (徳島大学)
稲葉 奈々子 (茨城大学)

 同化主義から多文化主義への転換が「エスニシティの復興」を反映しているとするならば、グローバル資本主義の展開はトランスナショナリズムと呼ばれる一連の研究を生み出した。トランスナショナリズムは、移民先と出身地を頻繁に往復する移民が増大する現状を理解するうえで不可欠だとされる。すなわち、トランスナショナルな空間に張り巡らされた社会的ネットワークは、移民のアイデンティティを変え、出身国と受入国双方の政治や経済にも影響を及ぼす。本報告で検討するのは、そのうち「消費」とトランスナショナリズムとの関わりである。

 90年代に入って、東・東南アジアを中心に消費社会化がいわれるようになった。途上国の消費社会化とグローバル資本主義を媒介するエージェントとして、多国籍企業、広告産業、メディアなどを挙げることができるが、ここでは移民に着目する。移民は、国民文化の境界をすり抜けそれ自体を変えていく身軽さを、一方で持っている。しかし、その身軽さはグローバルな消費文化にやすやすと取り込まれることと表裏一体の関係にある。トランスナショナリズムは、あまたある国民文化に裂け目を作る一方で、そこにグローバル消費社会の夢を注入する役割を果たす。報告当日は、2002年8〜10月と2004年2月にバングラデシュで行った調査に基づき、上述の問題を考える。使用するデータは、(1)バングラデシュでの元移住労働者の生活に関するエスノグラフィ、(2)日本での就労経験を持つ50人のバングラデシュ人労働者に対するインタビューである

第4報告

移民からみる国民国家
──「ナショナル・ステート」という問題提起──

大井 由紀(一橋大学・日本学術振興会)

 グローバル化が進む中,国民国家の弱体化という言説が形成され,国民国家の強化が一部で主張されている。この一環として,国民国家の「他者」とされてきた外国人や移民に対する取締りが強化されている。こうした言説・実践を裏付けるのは,国民国家と外国人の対置という構図である。本報告では,移民と国民国家形成の歴史的関係に注目することで,こうした二項対立の再検討を行う。

 この考察あたり,精力的に方法論的ナショナリズムを批判し,「トランスナショナリズム」を提唱するアメリカの移民研究者Glick Schillerらが提起する「ナショナル・ステート」という概念に注目する。これまでの代表的な国民国家形成論として,B.アンダーソンの「想像の共同体」がある。この中ではネーションを民族的アイデンティティに基づくもの,ステートを法的機能に区分した。つまり,ネーション・ステートはナショナルな要素と法的な要素に分類可能だとされてきた。しかしGlick Schillerらは,人の国際移動という観点からみると,両者は決して別個のものではないと指摘している。「他者」とされてきた移民からすれば,法的機能の側面である「ステート」も,人種差別に基づいて形成されている。本報告はこの点を,19世紀後半のアメリカでの中国人に対する入国管理とアメリカの国民国家形成の関係という事例によって明らかにする。これにより,「国民国家と外国人」の二元論がどのように構成されたのか明らかにした上で,いかに脱構築しうるか考察する。

第5報告

現代日本における「帰化モデル」の議論
──在日コリアンの国籍取得権を求める運動を中心に──

佐々木 てる (筑波大学)

 2004年2月、在日コリアンを中心として設立された「在日コリアンの日本国籍取得権確立協議会」によって、「特別永住者等の国籍取得の特例に関する法律(案)」の国会への上程、および制定をめざす運動が開始された。この運動の趣旨は、特別永住者が届け出によって国籍を取得するという、「権利としての国籍取得」制度を目指すものである。これまで在日コリアンは、外国籍者という立場から種々の権利要求をおこなってきたが、この運動は国籍と民族意識を別の問題と捉え、制度上は「日本人」となって権利を行使する道を選択している。つまりこの運動は、実質的な国家の構成員の形式的な身分のズレを、国籍取得の見直しの議論、いわば「帰化モデル」(T.ハンマー)の議論から論じているのが特徴的といえる。これまで日本においては、上記のようなズレを、権利の拡充によって解消していくという、「参政権モデル」の議論が中心であり、「帰化モデル」の議論が決定的に欠如していた。外国籍者もしくは多くの移民を受け入れている欧州諸国においては、すでに両論を組み合わせた制度が整備されつつある。今後の日本社会においても、当然両論の組み合わせの議論が必要になってくるであろう。

 本報告ではこの運動の活動を紹介しつつ、なぜ日本において「帰化モデル」の議論がなされてこなかったか、そして「帰化モデル」の議論の可能性を日本固有の歴史的、社会的文脈に照らして提示していく。

報告概要

水上 徹男 (立教大学)

 本部会では、国際的な人の移動と関連するトラスナショナリズムの進展について多様な角度から論議された。第1報告(柳蓮淑)は、山形地域における「韓国人妻」へのインタビュー調査の結果などを用いて、農村地域の「外国人花嫁」に対するステレオタイプを反証する事例を提示した。日本の生活だけでなく移住動機に影響を及ぼす韓国の社会事情なども説明された。第2報告(稲葉奈々子、樋口直人)は、イランの「アフマッドルーという下位集団」を対象に、イランと日本でインタビュー調査を実施している。いわゆる「出稼ぎ労働経験者」の渡日の動機および帰国の経緯などを明らかにして、本集団における親族ネットワークの重要な点などを例証した。第3報告(樋口直人、稲葉奈々子)では、バングラデシュで行った「元移住労働者」に対する調査のデータなどをもとに、「上からのトランスナショナリズムと下からのトランスナショナリズム」の関係について考察した。そのなかで、「北」と「南」の対比による「消費」と「生産」の状況などを捉えている。上記3つの報告は、国内外における広範なインタビューを含めた自身のデータを整理して、それぞれの理論を裏付けた。第4報告(大井由紀)では、「ネーション」や「国民国家」の概念を推敲して、「ナショナル・ステート」という概念の適用を提唱している。移民と国民国家の歴史的なかかわりについて、具体事例として19世紀のアメリカ合衆国への中国人移民のケースを取り上げて考察した。第5報告(佐々木てる)は、在日コリアンの日本国籍取得という事例を扱い、これまでの「参政権モデル」に対する「帰化モデル」を中心軸に据えての議論となった。「国籍取得権確立協議会」の活動やこの10余年の議論を中心に、「帰化モデル」適用に基づく分析を行った。 本部会の5つの異なる事例、異なる対象を統括するようなグランド・セオリーの確立には至らなかったが、近年の動向を検討するにあたって実証的なデータが提示された。また、個々の報告がこれまでに充分な議論がなされなかった概念あるいは事象へのアプローチを示唆しており、トランスナショナリズムや今日の移民の特徴に関する社会学的な理解を高めるうえで意義深い部会となった。