第5部会:職業とジェンダー  6/18 14:00〜17:30 [5号館・2階 5223教室]

司会:村尾 祐美子 (東洋大学)
1. 子どもの意味世界における「しごと」とジェンダー 中島 ゆり (お茶の水女子大学)
2. 女子高校生の将来像
──進路希望とライフデザイン/キャリアデザイン──
 [PP使用]
元治 恵子 (立教大学・武蔵大学)
3. 「アグネス論争」における言説の政治
──仕事と育児の両立問題が「女の問題」に置き換えられる過程──
 [PP使用]
妙木 忍 (東京大学)
4. 「モールス文化」の形成と変容
──労働のジェンダー化と技術の選択的導入に着目して──
 [PP使用]
石井 香江 (日本学術振興会)

報告概要 村尾 祐美子 (東洋大学)
第1報告

子どもの意味世界における「しごと」とジェンダー

中島 ゆり (お茶の水女子大学)

 近年、フリーターやNEETといったカテゴリーの流布に代表されるように、学卒無業者の増加が研究者、行政、マスメディア等で問題化され、同時に子どもへのさまざまな形での仕事に関する「教育」が重要視されている。マスメディアにおいてはたとえば子ども向けの仕事についての本が広く話題になったり、仕事の内容を紹介するようなテレビ番組が放映されたりしている。また、文部科学省は審議会を設け(「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議」)、2004年1月には答申を提出してキャリア教育の重要性を訴えている。この答申においては子どもの精神的・社会的自立を促し、一人一人の発達段階に応じてそれぞれの勤労観、職業観を発達させることが目的とされている。以上のような近年の傾向は、子どもを社会構造から全く切り離された存在として捉えており、すなわち性別、親の職業や学歴、地域のような変数については考慮していない。子どもの職業観とその意識に従ってなされることが想定されている職業選択の差を、子ども個人の選好や発達の差として還元すれば、ふたたび学校教育は社会的不公正を拡大することになるのではないか。

 以上の問題意識から、本報告では、そもそも子どもの意味世界において仕事をするということがどのように位置づけられ、とくに性別によってどのように構造化されているのかについての分析を試みる。データはお茶の水女子大学21世紀COEプログラムの一環として行われている追跡調査(JELS2003)を用いる。

第2報告

女子高校生の将来像
──進路希望とライフデザイン/キャリアデザイン──

元治 恵子 (立教大学・武蔵大学)

 女性の高等教育への進学率は、1996年に大学への進学率が、短大への進学率を上回り、量的な拡大とともに質的な変化が生じている。一方、労働市場においても、女性雇用者の増大を反映し、女性の労働力率も増加している。しかし、年齢階級別の労働力率を見ると、いまだM字型就労パターンが維持され、40代を中心とする労働力率の増加も非正規労働者としての参入がほとんどであり、高学歴層では専業主婦にとどまる者が多い。近年、育児休業法など法的な面での整備は進んでいるが、出産・育児を機に退職する者は、依然多いのが現状である。「女性の高学歴化は、女性の職業機会を拡大する」という議論もあるが、新規大卒者の就職率では、男女の差はほとんどないことなど、入り口の部分の量的な面では、拡大しているといえる部分もあるだろう。しかし、その後の就業パターンにおいては、女性特有のパターンが維持されている。このような状況を背景に、現代の女子高校生は、自らの将来像をどのように描いているのだろうか。女子高校生の進路希望、ライフデザイン/キャリアデザイン、性別役割分業意識、仕事や家族に対する意識などの関係から女性の教育達成と職業達成の関連について検討する。高校生の進路選択や希望就業形態は、少なからず性別役割分業意識の影響を受けていること、一方で、高等学歴への進学希望が、必ずしも就業継続(希望ではあるが)へと結びついていない層が見られることなどを提示する。

第3報告

「アグネス論争」における言説の政治
──仕事と育児の両立問題が「女の問題」に置き換えられる過程──

妙木 忍 (東京大学)

 男女雇用機会均等法成立と育児休業法成立のあいだに起きた「アグネス論争」(1987-88、別名「子連れ出勤論争」)は、働く女性の増加を背景として、仕事と育児の両立問題を浮き彫りにした論争としても意味を持っている。統計調査からも分かっているように、働く女性が増加したにもかかわらず依然として家事を担っているのは女性であった。

 本発表は、仕事と育児の両立問題が「女の問題」として位置づけられていくプロセスに注目して分析を加えたものである。分析の対象は、「アグネス論争」の新聞・雑誌・週刊誌合計263資料である。分析の方法は、(1) 言説分析、(2) アグネスの国会新聞報道7紙についてのみクリティカル・ディスコース・アナリシス(CDA)を採用した。本分析からは次のことが明らかとなった。すなわち、主に男性週刊誌でみられたアグネス批判と新聞報道でみられたアグネス賞賛は、一見したところ反対の立場をとっているように見えるけれども、実は双方ともに性別役割分担を前提とし、働く母親の仕事と子育ての両立問題を「女の問題」として位置づけている、ということであった。

 男性週刊誌では「女のたたかい」「一笑に付すべきもの」として子連れ出勤問題を低位に位置づける言説が観察され、一方新聞記事では、アグネスの主張がそのまま新聞の見出しに採用されていた。しかしCDAの分析視点は、性別役割分担を前提としているからこそアグネスの主張を受け入れる新聞記事が成立したことを浮き彫りにした。

第4報告

「モールス文化」の形成と変容
──労働のジェンダー化と技術の選択的導入に着目して──

石井 香江 (日本学術振興会)

 インターネットのプロトタイプである電信業務と電話交換業務におけるジェンダー間の職務分離の要因として, モールス電信機と比べ操作が容易とされる電話が導入されたこと, 女性は低賃金で適性もあること, この認識を支えるジェンダー・イデオロギーが社会に広く存在したこと等がこれまで個別に指摘されてきた. ところが, 二つの業務をジェンダー化する言説が形成され, 活性化される具体的な <場>, つまり職場において電信技手たちが形づくった文化の実態, それが「技能」の評価, 職場のジェンダー関係, 技術の選択的導入に与えた影響についてはまだ明らかにされていない. 操作が容易であると認識されていた電話託送や印刷電信機が日本で一般化したのは戦後のことであり, それまでは電信技手がメッセージの内容を直接耳で聞き取り, それを手書きするか, タイプライターで打ち出す方式のモールス音響電信機が主として使用されていた. このため, モールス符号を扱う電信技手たちの間で独自のエートスとそれに基づく, いわば「モールス文化」が形作られ, 電話託送や頁式和文印刷機など他の電信機種を扱う電信技手との間に一線が引かれた. 本報告ではこの「技能」のヒエラルヒーが形成され, そして変化する経緯を, 19世紀半ばから印刷電信機が普及する1960年代までを対象に, 電信技手に固有の組織文化=「モールス文化」に内在して検討することにしたい.

報告概要

村尾 祐美子 (東洋大学)

 中島ゆり氏(お茶の水女子大学)「子どもの意味世界における『しごと』とジェンダー」は、子どもが親の「しごと」を捉える準拠枠組みについて統計分析し、子どもが自分の「しごと」を選ぶ際の基準に男女差が見られることなどを明らかにした。

 元治恵子氏(立教大学・武蔵大学)「女子高校生の将来像―進路希望とライフデザイン/キャリアデザイン―」は、女子高生が描く自らの将来像を教育アスピレーションに注目して統計分析し、(1) 教育アスピレーションに対する学校要因・家庭要因の規定力は大きく、性役割意識・仕事に対する意識の規定力は限定的、(2) 就業キャリア希望に対する教育アスピレーションの規定力は限定的、という知見を示した。

 妙木忍氏(東京大学)「『アグネス論争』における言説の政治―仕事と育児の両立問題が『女の問題』に置き換えられる過程―」は、新聞記事を用いたクリティカル・ディスコース・アナリシスと、論争関連の雑誌・新聞の言説資料のチャート作成を通じて、対称的な内容を持つ新聞報道と週刊誌等の言説がともにアグネス論争のアリーナを「女性」に設定してしいた、と指摘した。

 石井香江氏(日本学術振興会)「『モールス文化』の形成と変容―労働のジェンダー化と技術の選択的導入に着目して―」は、電信技手が共有する文化が職場のジェンダー関係に与えた影響を歴史的視点から検討し、「モールス文化」が「技能」をジェンダー化して性別職務分離を生じさせたものの、印刷電信機導入により職場での力の布置が変容したと結論した。

 報告テーマ・分析手法ともにバラエティに富んでいたが、逆に職業とジェンダーというテーマの広がりを実感でき、刺激的な部会であったと思う。