第11部会:仕事・進路  6/19 10:00〜12:30 [5号館・2階 5223教室]

司会:久木元 真吾 ((財)家計経済研究所)
1. 「好き」を入り口にする職業選択の矛盾と限界
──子どものやりたい「しごと」をめぐって──
寺崎 里水 (お茶の水女子大学)
2. バイク便ライダーのエスノグラフィー
──趣味と労働の相乗効果──
阿部 真大 (東京大学)
3. 若年層の参加の場としてのNPOの可能性に関する一考察 [PP使用] 中島 聡子 (関東学園大学・
(特活)NPOサポートセンター)

報告概要 久木元 真吾
((財)家計経済研究所)
第1報告

「好き」を入り口にする職業選択の矛盾と限界
──子どものやりたい「しごと」をめぐって──

寺崎 里水 (お茶の水女子大学)

 近年の若者には適切な職業意識が形成されておらず、したがってキャリア・エデュケーションが重要であること、小学校段階から「系統的・計画的にキャリア教育を推進すること」が必要であるとの認識が示され、青年期の職業意識の問題を幼年期にまでさかのぼって考えることの重要性が指摘されている。一方で、子どもたちの内発的な進路意識の高まりに期待し、各々の「個性的な進路選択」を尊重する現在の傾向は、結果的ではあれ、「進路未定」や「フリーター」を正当化する方向につながっているという指摘もまた、なされている。子どもが自分らしさを発見しようとすればするほど、将来について自分なりに考えれば考えるほど、より危うい状況に陥るメカニズムがあるなら、それはいったいどういうものだろうか。

 本報告では、職業や労働実態に関する知識、あるいは働く人々への関心や共感といった意識の総体をあらわすことばとして「しごと」を用いることにし、子どものやりたい「しごと」に関する自由記述を丹念に分析する。この作業を通じて、進路指導現場において望ましいとされる言語的資源が、いかなる問題をはらむものであるかを指摘したい。

 自由記述データは、お茶の水女子大学21世紀COEプログラムの一環として行われている追跡調査Japan Education Longitudinal Study 2003(JELS2003)を用いる。

第2報告

バイク便ライダーのエスノグラフィー
──趣味と労働の相乗効果──

阿部 真大 (東京大学)

 バイク便ライダーのおこなう歩合給労働の特色を明らかにすることが本報告の目的である。参与観察の結果から、歩合給ではたらくバイク便ライダーの労働が、金銭的な動機と趣味的な動機の双方によって方向づけられていることが分かった。それは、ライダーたちが、収入の不安定性や労働の危険性といった歩合給労働のマイナスの面をプラスに評価し、労働のモティベーションへと変えていく過程である。収入の不安定性は、高収入を得ることができるかもしれないという希望に、労働の危険性は、バイクという趣味の世界で優位に立つことができるかもしれないという希望に変換される。その先にあるのは、「ミリオンライダー」という彼らの夢である。本報告は特に後者に注目する。歩合給ではたらくバイク便ライダーたちは、歩合給労働への「真摯さ」によってバイクの「かっこよさ」を意味づけなおしていく。それは、単なる「労働の趣味化」ではなく、歩合給労働への「真摯さ」によって、消費主義的なバイクの趣味世界そのものを塗り替えていく過程(「労働による趣味の更新」)である。しかも、それは一回きりで終わるものではなく、労働と趣味が互いに影響を与え合いながら相乗効果的に進行していく。「趣味と労働の相乗効果」と呼ぶべき、バイク便ライダーたちの動機付けは、趣味と労働が複雑に絡まりあったところで生み出される、新たな正統性の論理である。

第3報告

若年層の参加の場としてのNPOの可能性に関する一考察

中島 聡子 (関東学園大学・(特活)NPOサポートセンター)

 近年、日本においても民間の非営利活動(NPO)が活発化している。

 このNPOは、物質的利益を優先せず公益活動を営むが、活動関与者へは「多様性」「自発性」「関係性」などの心理的報酬を提供する場としても位置づけられている。しかし、近年の先行研究においては、雇用の場としてのNPOの役割を検討する文献が多く見られる一方、活動関与者の動機付けや活動から得る内的報酬に着目してNPOの可能性を検討する先行研究はまだ少数である。そこで本稿では、後者の視点でNPO活動に参加する若者達へヒアリング調査を実施し、活動関与者がNPOへどのような役割を期待するかを考察した。調査では、全国の中間支援組織で働く若年層スタッフから「NPO活動から得るもの」「NPO活動への動機付け」「転職の可能性」などに関する意見を収集した。これらのヒアリング結果を基に、活動に関与する若者がNPO活動に求める役割を検討し、今後、若年層世代にとってNPOが心理的報酬を獲得する場――参加の場、として機能する可能性を考察した。

報告概要

久木元 真吾 ((財)家計経済研究所)

 「仕事・進路」と題された本部会では、以下の3つの報告が行われた。

  1. 寺崎里水「『好き』を入り口にする職業選択の矛盾と限界――子どものやりたい『しごと』をめぐって」
  2. 阿部真大「バイク便ライダーのエスノグラフィー――趣味と労働の相乗効果」
  3. 中島聡子「若年層の参加の場としてのNPOの可能性に関する一考察」

 寺崎報告は、小中学生に対する自由回答の調査データから、「しごと」にかかわる語彙にどのような特徴があるかを分析したものであった。特に、自分が将来やりたい仕事を言及する際に用いられる語彙として「好き」があることを指摘し、それがいかなる問題をはらむものであるかが論じられた。阿部報告は、参与観察を通じてバイク便ライダーの意識を分析したものである。歩合給のライダーたちが、収入の不安定性や労働の危険性を肯定的に読み替え「かっこよさ」を定義し直す過程について、単なる「労働の趣味化」にとどまらない「趣味と労働の相乗効果」がみられることが指摘された。中島報告は、中間支援組織のスタッフへのインタビュー結果から、NPOに携わる人にとってNPOがもつ意味を考察するもので、「就労の場としてのNPO」だけでなく「参加の場としてのNPO」という意味が見出されていること、フリーエージェントとして働くことへの志向の存在などが報告された。

 一見すると、かなり異なる内容の報告が集められたようにみえるかもしれない。しかしいずれの報告も、具体的なデータの分析を通じて、(特に若い世代にとって)「仕事」や「働くこと」がどのような意味ないしイメージをもつのかに焦点を定めた研究であり、「仕事」における、単に稼ぎを得ることに集約しきれない側面を、どう描き出し分析するのかを共通の課題とするものであった。そのため、質疑応答において共通してとりあげられた論点も多く、議論の内容も特定の報告者に限定されない広い含意をもつものであった。個々の報告にさらなる課題はあるものの、全体として非常に有意義な部会であったといえる。