第10部会:女性移民労働  6/19 10:00〜12:30 [5号館・2階 5222教室]

司会:小ヶ谷 千穂 (横浜国立大学)
1. 女性移住労働者の社会統合についての一考察
──フィリピンの「社会的企業」の事例から──
 [PP使用]
越智 方美 (お茶の水女子大学)
2. 移民システムに関する一試論
──フィリピンから日本への人の移動を対象として──
西口 里紗 (立教大学)
3. 移民労働者を通じた「再生産労働力」の定義と議論の可能性 石井 香世子 (名古屋商科大学)

報告概要 小ヶ谷 千穂 (横浜国立大学)
第1報告

女性移住労働者の社会統合についての一考察
──フィリピンの「社会的企業」の事例から──

越智 方美 (お茶の水女子大学)

 合法・非合法あわせて700万人といわれる海外就労者をかかえるフィリピンでは、労働力輸出政策が継続される一方で、1990年代半ば以降から、帰国した移住労働者のフィリピンへの再統合(reintegration)の必要性が政府、市民社会双方により認識されてきた。本報告の目的は、フィリピン人女性移住家事労働者の母国への社会統合の試みを、経済的再統合の側面に焦点をあて分析することにある。報告では女性労働者の帰国後の生活基盤の確立を目指す、「社会的企業」(social enterprise)を事例としてとりあげる。

 「社会的企業」とは、経済的利益とともに、地域社会への貢献や環境への配慮をも重視するあたらしい企業の形態である。豊かな国で不可視化された再生産労働に従事する移住家事労働者は、従来「救済されるべき経済的/社会的弱者」とみなされてきた。これに対して、移住労働者の再統合を推進するNGOは、女性移住労働者が潜在的に有する資源に着目し、地域社会の活性化の担い手としての役割を女性たちに見出している。「社会的企業」は、女性移住労働者に関する既存の言説を相対化するという側面も有しているのである。

 本報告では先進工業諸国で発達した「社会的企業」という概念が、移民送り出し国の文脈の中で女性移住労働者の社会統合に関してもつ含意について、「開発とジェンダー」の視点から検討したい。

第2報告

移民システムに関する一試論
──フィリピンから日本への人の移動を対象として──

西口 里紗 (立教大学)

 現代の移民における特徴の一つとして「移民の女性化」なるものが注目されて久しい。それは、国際移動研究におけるフェミニズムの台頭という研究上のシフト、また現実的に数量の面でもアジアの出移民における顕著な特徴として立ち現れていることなどを背景としている。日本においても外国人労働者論等、移民に関する議論は1980年代以降蓄積されているが、こと「移民の女性化」に関する現象としては、フィリピンからの女性の移動がその一つとして挙げられよう。

 ところで、これまでのフィリピン人女性の流入において解釈枠組とされてきたのは、主に受け入れ社会における移民女性の経済的プレゼンスに注目した議論であった。これは言い換えれば移動後受け入れ社会で生活する女性に焦点をあてた議論である。  

 しかし、昨今、国際移民研究においては、受け入れ国のみに注目した研究が批判され、送り出し国研究の重要性も指摘されており、移動を一方向的現象ではなく受け入れ社会と送り出し社会との相互作用として捉えようとする理論が新たな視点として浮上してきている。このような視点はメキシコ移民送り出し社会に注目した「移民システム」論に凝縮されている。本報告ではこの「移民システム」論に準拠し、経済的・宗教的側面などに着目しつつ、フィリピン人女性の移動を対象にその萌芽的に形成されつつあるであろう「移民システム」を考察したい。

第3報告

移民労働者を通じた「再生産労働力」の定義と議論の可能性

石井 香世子 (名古屋商科大学)

 本発表の目的は, どのような視座を持ち込めば、Thanh-Dam Truongが示した「再生産のための女性移民労働者」という分析枠組が、さらに発展するかを考えることである。

 トゥルンは,機械や男性で互換するのが難しいと社会的に考えられている,労働力維持に関わるサービス産業や家事労働者などを再生産のための労働力と見做し、この分析枠組が女性移民労働者をめぐるさまざまな議論にとって有効だと指摘した.しかしその後、この分析枠組を発展的に議論した研究は少ない.その理由のひとつは,移民先社会で異なる身分にある女性を一括して再生産労働力として扱うことに対する「問題性」への危惧であろう.では,どのようにすれば,その「問題点」を理論的に乗り越え、この分析枠組みを用いることの合理性と利点が明確にされるのだろうか。

 そのためには、(1) 「トランス・ナショナル社会空間を捉える視座を取り入れることで,移動先社会における社会的地位という一側面から見れば異なる地位にある人々も,別の側面では,同一のカテゴリーから分析する議論の方向性が提示すること、(2) 移民現象に関するイメージの機能と役割を捉える視座を用いることによって,1人の人間が重層的・多面的な役割や機能を持つことがメカニズムを説明すること、(3) 「再生産労働のための女性移民労働者」を「自由意志に基づく行動」と「不自由労働」との関連を見据える視座から捉えることが、有効な方策のひとつとなるのではないだろうか。

報告概要

小ヶ谷 千穂 (横浜国立大学)

 本部会では、それぞれフィリピンとタイ女性の国際移動を題材とした意欲的な研究報告が3本行われた。まず、越智方美氏による第1報告は、フィリピンにおける女性移住労働者の再統合(reintegration)という政策的・社会的課題に対して、「社会的企業(social enterprise)」という観点からアプローチするものであった。海外労働者送出地域NGOによる再統合プログラムの分析から、「弱い国家」フィリピンにおける人の移動を前提とした新たな市民社会の構築の可能性が示唆された。同時に、NGOによる再統合プログラムの内部にジェンダー・イデオロギーを強化していくような動きが見られる点も指摘され、現地調査に基づいた密度の濃い報告が行われた。

 続く西口里紗氏の第2報告、石井香世子氏の第3報告は、いずれも具体的な調査に入る前の準備作業として、理論的枠組みの検討を行うものであった。西口報告ではフィリピン人女性の日本への移動を分析する上で、宗教コミュニティに基づく社会的ネットワークが着目された。しかし、複数の滞在資格が混在しコミュニティ内部の階層差も無視できない日本のフィリピン人コミュニティを宗教ネットワークだけで考察することの限界も指摘された。

 石井報告は、「再生産労働力」として一括されがちな移住女性の存在が当事者によって再規定される可能性を、在日タイ人女性を事例として想定した上で論じたものであった。刺激に富んだ内容であったがゆえに、前提とされていた中部地区在住のタイ先住民女性の事例研究をより効果的に組み込んで欲しかった、といった声も聞かれた。

 「女性移民」というテーマが単独で部会化されることは日本国内ではきわめて珍しいことであると思われる。今回は日曜午前ということで参加者は決して多くなかったが、今後も関連テーマで積極的な議論の機会が創られることを期待したい。