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年次大会
大会報告:第54回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第3部会)


第3部会:ケアの社会学  6/17 10:30〜13:00 [西校舎・1階 515教室]

司会:庄司 洋子 (立教大学)
1. 住民参加型福祉の比較研究 上野 千鶴子 (東京大学)
朴 姫淑 (東京大学)
山根 純佳 (日本学術振興会)
阿部 真大 (東京大学)
下原 良介 (東京大学)
岡本 和彦 (東京大学)

報告概要 庄司 洋子 (立教大学)
第1報告

住民参加型福祉の比較研究


本報告は、昨年度(2005年度)、上野千鶴子をリーダーとした東京大学社会学研究室の調査チームがおこなった研究の成果である。この調査は「ケアとは相互行為である」という共通の認識のもと、現在おこなわれている高齢者に対するケアの質を、多角的に明らかにしようという試みである。
 主な調査地は4施設で、調査対象は多岐にわたった。経営者、利用者、ワーカー、ヘルパー、ケアマネージャーはもちろんのこと、その地域の行政の関係者、ボランティアから厨房の職員まで、ケアに関わる様々な人々を対象にインタビュー調査をおこなった。
 さらに、長澤泰をリーダーとした東京大学建築学研究室の調査チームとも協力し、併行して建築の調査もおこなった。この研究の目玉のひとつでもある社会学と建築学とのジョイントによって、ソフト、ハードの両側面から、現在のケアのあり方に迫ることが可能となった。
 報告は、「経営」「労働」「ケア実践」「建築」の4つのテーマからなる。すべての報告に共通するのは、「官/民/協」の比較という軸である。もっとも高いケアの質を担保しうるのは「官」か「民」か「協」か?その答えに向かって、それぞれの報告者が以下の順に発表をおこなう。

1.はじめに:調査の目的と概要、対象と方法(上野 千鶴子)

2.福祉経営:その戦略と課題(朴 姫淑、下原 良介)
本報告は、相互行為としてのケアにあるあらゆる多面性から、「福祉経営」という主題に焦点を絞る。「福祉経営」とは、施設だけではなく高齢者にサービスを提供している福祉事業の経営までを視野に入れたものである。福祉施設経営や福祉事業体の経営ではなく、わざわざ「福祉経営」という言葉を使うのは、他分野の企業経営と「福祉経営」との差異に注目しているからである。
 本報告では官/民/協、あるいは農村型/地方都市型/大都市近郊型という分類を用い、さらには経営理念とケア実践理念、初期資本、介護保険制度、意思決定に関わる諸アクターとの関係に注目し、「福祉経営」の戦略と課題を浮かび上がらせる。その結果、小規模多機能共生型と特区、多様な地域資源の活用、非常勤の基幹労働力化などの経営戦略を明らかにする。
 福祉経営の主体は、自らが直面する課題を自覚し様々な戦略を試みようとしているが、そうした戦略がどのような効果をもたらすのかは分析を要する。本報告では、福祉経営をめぐる制度と現場との乖離を示し、そのギャップを埋めていくための課題を明らかにする。

3.ケアという労働(山根 純佳)
 介護は、利用者とワーカーの相互行為であり、よい介護のためには、利用者満足と同時にワーカーが満足して働ける労働環境の整備が不可欠である。
 本報告では、4地域合計49ケースのワーカーインタビューから、ワーカーの労働への評価をとりあげ、労働現場としての施設やデイが抱える問題点について考察する。
 多くの介護職は、報酬の低さや労働時間の長さ、また常勤と非常勤の賃金格差などの雇用条件に対する不満を抱えている。また特に施設では、力仕事や労働時間の長さによる肉体的・身体的負担、ユニットケア現場における精神的負担も大きい。報告では、こうした雇用条件、労働条件をめぐって、ワーカーが置かれている現状について明らかにする。
 一方で、ワーカーの労働への満足ややりがいは、雇用条件だけによって決まるわけではなく、ワーカー同士の人間関係、利用者との関係、経営者との関係、裁量権の有無などさまざまな要因に支えられている。これらのうちワーカーにとって何が重要な要素となるかは、組織形態や理念によって、またデイか施設かによっても変わってくる。よい職場づくりのためにはその組織の特徴に応じた工夫が要求される。4つの事例の比較をとおして、各施設(デイ)の労働現場としての特徴を明らかにし、よりよい介護現場づくりのための提言につなげていきたい。

4.個別ケアの実践(阿部 真大)
ケアを実践するにあたって、どの調査地でも頻繁に聞かれたことは、「ケアする側からケアされる側への発想の転換」ということであった。つまり、ワーカーの効率重視の「レディメイド」の集団ケアから、利用者ひとりひとりに合わせた「オーダーメイド」の個別ケアへ。これが、現在、全国の「先進的な」ケア施設が、もっとも力を入れて取り組んでいる課題である。よって、今、ケアの実践について考えることは、いかにして集団ケアから個別ケアに移行させていくのか、そして、個別ケアをどのように成功させるのかについて考えることにほかならない。
 利用者へのインタビューの結果から分かったことは、個別ケアの実施は、利用者にとっては非常に満足のいくものであるということであった。調査した4つの施設はどこも「ユーザーフレンドリー」であり、その意味では先進的であった。
しかし、どの施設でも、ワーカーたちの労働条件は決して先進的なものであるとは言えなかった。ワーカーたちは、個別ケアの実践の中で、(身体面、精神面において)これまで以上にきつい労働を求められているが、労働条件はそれに見合ったものではない。
つまり、調査を通して、4つの施設は「ユーザーフレンドリー」ではあるが、決して「ワーカーフレンドリー」な職場ではないことが分かった。
利用者の満足度は高いが、ワーカーの満足度は低い。ワーカーたちのギリギリの献身によって、現在のケアの質は担保されている。これは非常にアンバランスな状態である。ケアを「相互行為」と捉える私たちの視点からすると、この状態は決して好ましいものとは言えない。

5.建築からみたケア(岡本 和彦)
 認知症を持つ利用者に対しては残念ながらインタビュー調査を行うことはできない。しかし、利用者の実際の暮らしを眺めることにより、彼らがどのようなサービスを受け、それによって生活がどの程度向上しているかをうかがい知ることはできる。ここからケアの質を評価することはできないだろうか。
 建築学の分野では、利用者の空間利用実態調査から建築の質を評価することを以前から行ってきた。特に施設の設計においては、発注者の要望や設計者の意図は「ここでこのようなことを行いたい」「利用者にはこのように使ってほしい」というかたちで表現されることが多いため、空間利用実態調査による評価はむしろ一般的と言ってよい。もちろん、空間と行動は一対一で対応するものではないし、要望や意図を外れた行動が悪いとは限らないが、心身に負担を背負っている高齢者は介助なしで生活することは困難であり、施設で生活する意義は、スタッフのケアによって物理的に生活の範囲を拡げたり、生活の質を向上させることにあることから、利用者の行動範囲や行為内容の選択肢が増えるほど、その施設では豊かなケアを提供していると言えよう。
 これらの観察結果を数値化(例えばケアの回数や時間の長さ)することにより、複数の施設のケアの質を比較することができるのも空間利用実態調査の利点である。今回は官/民/協の施設に対して同一手法を用いて空間利用実態調査を行い、ケアの質を数量的に比較する。

6.おわりに(上野 千鶴子)

報告概要

庄司 洋子 (立教大学)

 この部会は、上野千鶴子氏(東京大学)をリーダーとする共同研究の成果の一部を、上野氏を含めて6名の報告者が、『住民参加型福祉の比較研究』という総合テーマのもと、それぞれの個別テーマを分担して報告するものであった。報告内容と順序は、グループの判断によりプログラムを再構成しているので、その構成を個別テーマ・報告者名とともに紹介すると、1.「福祉多元社会における新しい公・共性を求めて:官/民/協/私の最適混合に向けて」(上野千鶴子)、2.「建築調査から」(岡本和彦)、3.「ケア労働の質を考える」(山根純佳)、4.「ユニットケアにみる個別ケアの実践」(阿部真大)、5.「福祉経営:その戦略と課題」(朴姫淑)、6.「介護保険からみる福祉経営」(下原良介)、7.「おわりに」(上野千鶴子)、である。

 共同研究の目的、対象と方法は、冒頭、上野氏によって明示されているとおり、理論的に十分鍛えられており、神奈川・千葉・富山・北秋田における調査の設計もきわめて魅力的なものであった。また、それに続く各報告は、それぞれに個性的なテーマ設定をしており、多彩な内容となっていた。とくに、建築学分野からの報告からは、現場のリアリティを存分に感じることができた。また、各報告テーマが、ケア労働の質、ユニットケアにおける実践、といった現場の個別実践レベルのものから、介護保険、福祉経営といった制度・政策レベルのものまで、多岐にわたっていたため、質疑の内容もそれを反映したものとなった。ただし、報告のなかには、総合テーマである「住民福祉型地域福祉」の視点とのつながりが十分に提示されていないものもあり、そのテーマを中心に据えた質疑にまで至らなかったのは少し残念である。しかし、実践的な課題に対する若手研究者たちのこうした積極的な取り組みは、従来の社会学会の福祉分野の部会とは一味ちがったものを参加者に感じさせたと思う。研究の展開の今後に期待したい。

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