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年次大会
大会報告:第54回大会 (報告要旨・報告概要:自由報告 第6部会)


第6部会:エスニシティ  6/17 14:30〜17:00 [西校舎・1階 515教室]

司会:坪谷 美欧子 (横浜市立大学)
1. 白人性・ミドルクラス性・日本人性
――オーストラリア日本人移住者の事例研究
 [PP使用]
塩原 良和 (日本学術振興会)
2. 滞日外国人の社会的統合と排除 山本 薫子 (山口大学)
3. 越境移住者間の階層化
――「在日タイ人」の事例から
 [PP使用]
石井 香世子 (名古屋商科大学)
4. ロシア帝国とシオニズム
――「帝国」と「東方」、二重のロシア・ファクター
鶴見 太郎 (東京大学)

報告概要 坪谷 美欧子 (横浜市立大学)
第1報告

白人性・ミドルクラス性・日本人性
――オーストラリア日本人移住者の事例研究

塩原 良和 (日本学術振興会)

 近年、欧米のアカデミズムにおける「白人性(whiteness)」研究が、日本でも本格的に紹介されるようになった。それとともに、白人性研究の視点を、「日本人性(Japanese-ness)」の分析に活用していこうという問題提起も行われるようになってきている。本報告では、この「白人性」と「日本人性」の関係を、理論的連関や類推のレベルに留まらず、個別事例に即して具体的に考察したい。そのために、報告者が2001年から継続して実施してきた、オーストラリア在住日本人永住者への聞き取り調査のデータを、関連資料とともに分析する。今日、オーストラリア在住日本人永住者コミュニティの重要な構成要素となっているのが、「ミドルクラス性(middleclass-ness)」である。このミドルクラス性によって、初期の日本人永住者たちの多くが、自分たちのオーストラリア社会における「エスニック・マイノリティ」としての客観的立場を自覚することなく、オーストラリア社会における支配的白人性に自己同一化することが可能になった。しかしそうであっても、移住後の日常生活における他者との接触のなかで、日本人永住者たちの内面化した日本人性と、支配的な白人性との摩擦が生じていくことは避けられない。この摩擦がどのように生じ、それが何を意味するのかについても、本報告では言及していきたい。

第2報告

滞日外国人の社会的統合と排除

山本 薫子 (山口大学)

 本報告は、1980年代以降に来日した外国人(ニューカマー)を中心に、日本社会における外国人の統合、排除のあり様について検討する。日本では単純就労を目的とした外国人の在留は認められていないが、実際には1980年代から多くの若年外国人が出稼ぎ労働を目的に来日した。また、1989年の入管法改正は日系人が「定住者」などの在留資格を有することを可能としたが、この結果、多数の日系人が来日し、東海地方などで製造業に従事することとなった。外国人に付与される在留資格は身分的資格と活動内容に応じた資格に大別されるが、特に身分的資格の多くは、日本人との法律に基づいた関係(夫婦、親子など)を根拠として付与されている。これに対し、無資格の外国人に特別に在留許可を与える在留特別許可があるが、これは法務大臣の裁量によるもので、許可基準は公表されていない。現在年間1万人以上の外国人に在留特別許可が認められているが、その根拠はあくまでも「日本および日本人との特別な関係」であるため、許可を希望する外国人や支援する市民団体は(取得のための戦略として)「日本人らしさ」を強調せざるを得ない。滞日外国人が日本社会で在留資格を得ようとする際、日本人以上の「日本人らしさ」を体現することが求められてくる。他方、1990年代以降は、外国人犯罪に関する報道が増加し、治安維持を目的として超過滞在外国人に対する取締りが行われている。

第3報告

越境移住者間の階層化 ――「在日タイ人」の事例から

石井 香世子 (名古屋商科大学)

 日本社会(日本政府や市民活動・メディア)は、日本国内に住む越境移住者を「在日××人」としてカテゴライズしている。しかし、「在日××人」という、ひとまとまりのアイデンティティやコミュニティは存在しない。ナショナリティで人を区切って、ひとつのコミュニティとして想定することはできず、ひとつの行動規範や価値体系を持つ人々として括ることもできない。既存研究が指摘した、越境移住をした人々であればこそナショナリティに固執しようとするという「遠隔地ナショナリズム」は、どのような条件下でも働くわけではない。

 本発表では、「在日タイ人」の人々を事例に、[1]出身社会の階層分化が比較的大きな場合、[2]移住先で出身国自体が比較的低く評価されている場合には、「遠隔地ナショナリズム」と反対の現象が起きることがあるのを指摘する。具体的には、(1)「在日タイ人」間のフォーマル・ネットワークの様態とメンバー構成、(2)「在日タイ人」間のインフォーマル・ネットワークの様態とメンバー構成を分析する。ここから、フォーマル・ネットワーク、インフォーマル・ネットワークともに、日本社会が「在日タイ人」と一括りにしている人々のあいだに一つのコミュニティはないこと、また彼らの間に一つの共通アイデンティティは存在しないことを指摘する。

第4報告

ロシア帝国とシオニズム
――「帝国」と「東方」、二重のロシア・ファクター

鶴見 太郎 (東京大学)

 シオニズムは西欧的な背景が読み込まれて理解されることが多いが,それがロシア帝国において一足先に始まっており,その母体となったのもロシア帝国出身者だったことの意味はほとんど問われていない。

 当時の西欧が国民国家化にあったのに対し,ロシア帝国は多民族帝国だった。その帝国においてユダヤ人はユダヤ人としてのアイデンティティを保持した状態で良質な帝国臣民(市民)として統合されていくための集合的な「自己呈示」を試みていた。反ユダヤ主義の激化はこの路線に再考を促したが,帝国への統合を諦めさせたわけではなく,「流浪の民」ではなく立派なパレスチナに「本拠地」を確立して「ネーション」となることによって改めて帝国内で同権を得る道が模索されたのである。

 こうして飛び立ったシオニズムは1897年に西欧シオニズムと統合されたが,ここで重要なことは,それ以前からヨーロッパ・ユダヤ社会には「東方ユダヤ人」と「西欧ユダヤ人」という言説上の境界が存在しており,前者が近代世界における「東西」のヒエラルキーにおいて「後進的」な位置を与えられていたということである。西欧シオニストはそれまでのロシア・シオニズムの手法を否定し,西欧の「先進的」な手法でそれを改変しようとしていた。こうした中で「ウガンダ論争」(1903-5年)が訪れたが,同化ユダヤ人的な西欧シオニストに対して「ユダヤ」を強調することによって一気に畳み掛けたロシア・シオニストによってシオニズムのヘゲモニーは奪還され,ここにシオニズムの原型が完成した。

報告概要

坪谷 美欧子 (横浜市立大学)

 第6部会「エスニシティ」では、4人の研究者による報告がなされ、地域的にも歴史的にも広範囲にわたる越境者に関して活発な議論が行われた。第1報告(塩原良和)は、オーストラリア在住の日本人永住者への聞き取り調査を用いて、かれらが移住先においていかに「白人性」「日本人性」「ミドルクラス性」という境界を設定しているかについて考察したものである。白人による支配的社会構造のもとで、日本人移民の意識や実践には「ミドルクラス性」が大きな役割を果たしていることが説明された。第2報告(山本薫子)は、日本社会の移民政策における「統合」と「排除」について、超過滞在外国人と日系南米人の事例から分析を行ったものである。移民の「統合」や「排除」を検討する際に、制度的側面や移民コミュニティの文化的側面のみならず、「排除」の論理や状態なども含め複眼的に捉える必要性を指摘した。第3報告(石井香世子)は、在日タイ人へのアンケート調査などの結果を用いて、国際移住における階層移動とそのネットワークに及ぼす影響を考察した。かれらの来日経緯の多様化や婚姻などを契機として、かれらのネットワークがタイ出身というナショナルな紐帯よりも、社会関係資本を反映した同レベルの職業的・社会的地位ごとに発達する傾向にあることを例証した。第4報告(鶴見太郎)は、ロシア帝国におけるシオニズムの潮流について検討したものである。国民国家の形成過程にあった西欧とは異なり、多民族国家であったロシア帝国内部では、ユダヤ人はかれらのアイデンティティを保持しながらも「善良な帝国臣民」という自己呈示を試みた。こうしたことがのちの近代西欧社会における「東/西」ヒエラルキーへの巧みな読み替え戦略を生み出し、これがシオニズムの原型の完成であると結論づけた。本部会を通じての総合的な結論までは到らなかったが、個々の事例はどれも示唆に富むものでおり、トランスナショナルな移動者たちのエスニシティ研究について様々な角度からの分析視点が提示された。

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